チーム天狼院

京大の、しかも文学部なのに「本」を知らなかった。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

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記事:斉藤萌里(チーム天狼院)
 

 

「え、古本市行ったことないの?」
ある晴れた秋の日のことです。
隣で楽しそうに歩く、当時お付き合いしていた彼がそう言いました。彼も私も京都大学の文学部でした。
大学の、構内から出て歩いて約2分ほどでしょうか。
百万遍というところにある知恩寺で、毎年秋に5日間かけて行われる古本市を、彼は楽しみにしていたのです。古本市といえば、東京都の神保町で開催される「古本まつり」も有名でしょう。読書が好きな人の、知る人ぞ知る一大イベント。私はまだ行ったことがないのですが、一度は行ってみたいイベントの一つです。

 

その、京都バージョン。
規模は小さいですが、京都では夏に下鴨神社、秋に知恩寺、と神社やお寺で開催されるので、風情もひとしおです。
私も、古本市の存在こそ知ってはいたのですが、大学1,2回生までは、「毎月本を買い占める」というような生活をしていなかったので、「ふーん、そうなんだ」と、この程度の関心しかありませんでした。昔から本を読むことは確かに好きだったのですが、読むスピードが遅いため、当時は一ヶ月に2、3冊読むかどうか、その程度だった気がします。

 

もちろん本自体は好きだったので、古本市も誰かに誘われれば行こうと思いますし、時間が空いていたら行こう、と考えてもいました。でも、なんだかんだ時間が合わなかったり、授業が入っていて行けなかったりと、タイミングが合わずに1回生の一年はどこの古本市にも行かずじまいに。
大学2回生になってようやく、彼に「行こう」と言われるがままに連れて行かれました。彼は「授業は入っているけど、古本市の方が優先だ」と言わんばかりの勢いで私を引っ張り出しました。その時ばかりは、授業をサボって、知恩寺に向かいました。授業をサボったことへの後ろめたさには、きちんと蓋をして。
知恩寺に着くと、古本特有の香りがぶわっと広がっていました。人の数も多く、近隣の人だけでなく、遠くからわざわざ知恩寺の古本市に来ている人がいるということを知りました。
「俺は自由に見るから、〇〇(私の名前)も自由に見といて」
と、言われたわけでもなく、彼は勝手に好きなジャンルの本を見にいきました。
古本市の勝手が分からない私は、とりあえず彼の横にぴったりひっついて、彼と同じ、文庫本の棚を眺めました。
文庫本の他にも、古本市に並んだ本棚はジャンル様々。
美術・音楽・辞書・文学全集・映画・参考書・資格試験関係……。
さらに、本だけでなく、昔の映画のポスターや非売品のCDなど、その方面のコレクターからすれば、宝の山に見えるようなものが、四方に散らばっていました。
彼は、私がそばにいても気を悪くすることもなく、「この作家はね」「この本はね」と、好きな本を手にとって教えてくれます。「ふんふん」「そうなんだ」と、その一つ一つに相槌を打ちながらも、彼の知識の量に、私の脳内は置いてきぼりになっていました。
お気に入りの作家の本を次々と手に取ってゆく彼。
古本なので、1冊100円とか、5冊で300円とか、価格としては確かにお買い得でした。
だから、彼がそれほどぽんぽんぽんぽん買う本を決めてゆくのも自然なことだったのです。
しかし、私はその横で途方にくれていました。

 

なんでそんなに、知ってる作家がいるの。
好きだといえる本が、あるの。

 

古本市に来てから30分と満たない間に、彼は私の知らない作家の本を5~6冊手に持っていました。7冊買えば安く買えるからと、本を探すのを一向に辞めもしないで。
初めて古本市に来た私も、彼のように文庫本コーナーでなら欲しい本が見つかると思って、興味がある本がないか必死に探しました。ずらりと並んだ背表紙は、知っている作家を探すのだけでも一苦労だったし、同じように見ている人が多いため、人と人の隙間から顔を出して、探したのです。

 

「あった」

 

と、ようやく見つけたお気に入りの作家も、読んだことのあるタイトルだったので、手に取るには至りません。それに、彼のように次から次へと知っている作家に出会うことができませんでした。
なぜなら私は、彼と比べて知っている作家の絶対数において、とても劣っていたからです。

 

その時初めて、焦りを覚えました。
子供の頃から本が好きだった。私にとって本を読むことは、歯磨きと同じでした。朝起きて、夜寝る前に本を読む。確かに私は読むスピードが遅いため、自ずと読んだ本の「冊数」は少なかったけど、本が好きだという気持ちは、普通の人には負けていないと思っていました。

 

現に、普通の人には負けていなかったでしょう。
普通の人というのは、とりわけ本が好きというわけでもない、バラバラの趣味を持った人たち。これまで出会ってきた人たち。
でも、ここでは違うんです。
京大の、しかも文学部という場所では、私はとても劣っていたんです。

 

思えば彼だけでなく、大学時代一番仲の良かった友達も、たいそうな読書家でした。
その友人Yは、ドイツ文学専攻だったので、よく私にドイツ作家やドイツ文学について語ってくれました。「カフカはね……」と、『変身』で有名なフランツ・カフカの名を口にしては、目をキラキラさせて話してくれたのを今でもよく覚えています。

 

また別の日、彼と遊びに行った際、隙間時間に鞄から本を取り出して彼は本を読んでいました。
「いつも本、持ってるんだね」
と私は感心します。
「え? だって、いつ暇な時間が来るか分かんないじゃん」
彼はまるでそうするのが常識だというふうに、涼しい顔をして答えてくれました。
感心する反面、悔しかった。
そうだ。本を読むことが歯磨きだという人間は私みたいな人を言うんじゃなくて、彼みたいな人を言うのではないか?
たかが朝と夜に読書する習慣があるというだけで、本を読んでいると思っていた自分が、恥ずかしかったんです。

 

その日以降、私も彼のように、文庫本を一冊鞄に入れて過ごすようになりました。
同じ文学部の彼や友達のように本を読むスピードは決して早くはないけれど、「鞄の中にいつでも本がある」というだけで、前よりも本と親しい関係になれているような気がしたのです。

 

鞄に本を忍ばせていると、「本を読む時間」というものが思った以上に、日常の中にあふれていることが分かります。
空きコマの時間はさることながら、大学の講義が終わり、次の講義が始まるまでの間。
友達との待ち合わせに、早く着いてしまったとき。
区役所や免許更新での待ち時間。
レストランで料理が運ばれてくるまでの間。
一つ一つの時間はそれほど長くはないけれど、何もしない、空白の時間を、これまでスマホを見るだけだった時間を、鞄の中にある一冊の本に捧げてみました。
それが、とても楽しくて。
鞄の中の本を早く入れ替えたいと思いながら読んでいると、自然と読むスピードも早くなりました。今月は何冊読めるかな、と先月の自分とレースをしているような気分になり、前より「読むこと」に夢中になっている自分がいました。
その習慣を続けること三年。
ここまできてようやく、本を読むことは歯磨きですらなく、息を吸うのと同じだと思えるようになり。
あれほど感じていた、「京大の文学部なのに本を読んでいない」という劣等感が少しずつ薄れてゆくの感じました。

 

時々、本を読み評論家のように、「この部分はこういうことだ」と語り出す人がいます。
その考察力を、私は素晴らしいと思っています。
ただ、私にはそういう考察、ができません。
私は読んだ本に対して、ただ「面白かったな」とか「感動した〜!」とか、「この苦いラストが良い」とか、感情の動くままに感想を抱くだけです。また「この人の文章が好きだ」とか、「見習いたい」とか、羨望することもあります。
しかし一度たりとも、「この物語は……」と、まともに人に解説できたことはありませんでした。その物語の良さを感情のままに伝えて、「面白そうだね」「読んでみたい」と言ってもらえるだけで十分なんです。
解説をするのが仕事だという人も、もちろんいるでしょう。
本の読み方は、人それぞれあっていいと思います。
ただ、本を読んでいない自分に劣等感を覚えるくらいなら、今その瞬間に本を読めば良いということが分かったのです。

 

そういう私も、やっぱりまだまだ読書家とは言えません。
本当の読書家の皆さんのように、幅広いジャンルの作家、著者を知っているわけではありません。
最近ようやく、これまで自分があまり読み慣れていないジャンルにも手を出しています。
京大文学部のくせに純文学も数えるほどしか読んでこなかった私ですから、まだまだチャレンジできることは山ほどあります。

 

足りないんです。
本を読み尽くすだけの時間が、足りない。
人生かけても本は読み尽くせないし、死ぬ前に「ああ、あれ読んどきゃ良かった……」と思うこともあるでしょう。
そう、足りない。
だから私はいまも、次に読む本を探しています。

 

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2020-05-02 | Posted in チーム天狼院, チーム天狼院, 記事

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