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チーム天狼院

やりたいことがない僕らに、生きる価値はないのか?《スタッフ平野の備忘録》


記事:平野謙治(チーム天狼院)
 
休日を前にして、よく言うセリフがある。
 
「寝るの楽しみだな」
 
そうだ。明日は何の予定もない。どれだけ寝ようと、誰にも責められることはない。好きなだけ、寝れる。そんなんもう、最高じゃん。
 
前日の夜から、そんなことを考えてワクワクする。
どうせ明日いくらでも寝れるんだから、夜更かししちゃおうかな、なんて考えたり。でもまあ、仕事で疲れてるから、大抵すぐ寝てしまうのだけれど。
 
そうして、眠りにつく。それはもう、深い眠りに。
きっと翌朝は、最高の気分なんだろうな……
 
 
 
翌日。目が覚める。時計を見ると、10時半。
嗚呼、よく寝た。スッキリ。爽快な、休日だ。
 
……いや。そんなことは、なかった。
確かに、よく寝たけれど。少なくとも僕の頭は、爽快なんかじゃなくて。むしろ虚しさを強く、感じていた。
 
だって、やりたいことがない。
せっかくの休日なのに。自由な時間があるのに。
やりたいことが、何もない。楽しみなことが、何もない。
 
そうだ。僕は寝るのを楽しみにしていた。
その目的はもう、達成された。既に9時間近く寝てしまったから、昼寝をしたら夜寝れなくなってしまう。最低限の生活リズムを守るためにも、これ以上寝るわけにはいかない。
だから起きて、何かをしないと……
 
途端、矛盾に気づく。
「何かをしないと」って、なんだ?
今日は、休日。何かをするのも、何もしないのも、自由のはずだ。それなのにどうして、焦りを感じる必要がある?
 
考えてみれば、すぐにわかる。
僕には、あるんだ。日々を充実させたいという、ごく当たり前の欲求が。だけどそれが、満たされない。「やりたいことがない」という、ただ一つの理由によって。
だから焦りを、感じているんだ。
 
考え方を、変えればいいのかもしれない。
休日だからと言って、無理に充実させる必要などないと。疲れた身体を休めることさえできれば、一日中ダラダラしてもいいと。休日に対するそもそもの捉え方を、変えればいい。
そうしたらこの焦りも、消えてなくなるだろう。
 
だけど僕にとってそれは、とても困難に思えた。
大前提として、時間は有限だ。その中でも、休みとなれば貴重。有意義にしたいに決まっている。いやむしろ、しなければならない。
そういう思い込みが、確かに自分の中にある。それはもう時間をかけて定着したもので、ちょっとやそっとでは拭い去れない。
やっぱり、思ってしまう。「何かをしないと」って。
 
それでも「やりたいこと」なんて、何もなくて。
ただベッドに横になったまま、なんとなくスマートフォンを握って、見たくもない、見る必要もない、ニュースサイトを巡回する。
睡眠過多で、むしろダルくなった身体。仰向けのまま、時間が無駄になっていくのを感じていた。
 
「無駄」という、感覚。それは人に、不幸を与える。
「寝るの楽しみだな」と言っていた、昨晩の笑顔を簡単に描き消してしまうほどに。
「やりたいこと」がないという、ただその理由によって。まるで自分が、生きる価値がないかのように、思えてしまったんだ。
 
ひとりで部屋にいると、ただひたすらにネガティヴな思考に陥る。
友人と会えたら、どれだけ良かっただろうか。今のこの状況では、それさえ叶わない。
 
いやでも、ひとりだからといって、何もできないわけじゃない。
撮りためたバラエティ番組を、観てもいい。借りた本やマンガを読むのも、いいだろう。趣味のギターだって、アリだ。
何だって、いい。それなのに。
 
どこか、夢中になりきれない自分がいる。虚しさは、拭えないままで。
どうしてなのだろう。
 
テレビも本もギターも、楽しい。だけど、「それなり」なんだ。
ご飯食べながら観たりとか、移動時間に読んだり、といった隙間を埋めるには有効だ。
だけど休みという圧倒的な自由の中で、メインを張る存在じゃない。
「早くやりたい」とか、「楽しみで仕方ない」とか、「このために生きてる」とか、そんな風に思える対象じゃない。少なくとも、僕にとってはそうなんだ。
 
「このために生きている」と、言い切れるくらいの何かが欲しい。
ほら、マンガを開けば、そこにはいる。何かに夢中になって取り組んでいる、主人公の姿が。
 
僕は、スポーツ漫画が好きだ。多分それは、自分が持っていないものを、見せてくれるから。
大抵の主人公たちは、一心不乱でその競技に打ち込んでいる。脇目も振らず、すべてを懸けて。
その姿は美しく、胸を熱くする。強く惹かれる。自分もこうなれたらいいなって、ずっと前から思っていた。
 
そう、今に始まったことじゃない。中学生くらいの頃から、思っていた。
なんとなく入っている部活にも、真剣に取り組むわけでもなく。それなりの緩さで、同級生たちと楽しくやって。かと言って、他に夢中になっているものも何もなくて。
それなりには楽しかったけれど、何か物足りない感覚は、振り返れば常にあった。
 
必死にやるのなんて、なんかダサい。何事もそれなりに、要領よくこなすのがカッコいい。
周囲のそんな風潮に流されて過ごしながら、心の内では憧れていた。スポーツ漫画の主人公に。部活動にひたむきに励む友人に。
だけど、いつか。こんな自分でも、「やりたいこと」が見つかるだろう。そう思って、生きてきた。
 
「……『いつか』って、いつだよ」
 
誰かの、声が聞こえる。
 
「いつか」って、いつだ?
お前は、いつまでそんなことを言っているんだ?
 
そうだ。10代の頃とは、違う。気づけばもう、25歳。自分探しなんて、許されるような年齢じゃない。
お金もない。努力もしない。恋人もいない。何事にも、責任を取ろうとしない。
今の自分に、満足していない。だからと言って何かに、取り組んでいるわけじゃない。お前の行き着く場所は、どこだ?
 
俺だってそんなに、バカじゃない。もう、理解している。
心の中で思い描く「いつか」の未来など、永遠に今を訪れないということを。
 
だって、もう10年以上経っている。変わっていないんだ。あれから、少しも。
 
なら、どうすればいい?
どうやって、生きていけばいい?
 
低気圧による頭痛に苦しみながら、それでも思考を働かせる。
その先には、蘇ってくる記憶があった。
 
あれは高校2年生の頃。当時僕は、悩んでいた。
それは今と同じ、悩み。「やりたいこと」が、ないということ。
いや、仕事がない分、今よりも深刻だったように思う。
 
高校2年生なんて、いわば青春真っ盛りの時だ。
高校にも慣れてきて、受験もまだ本格化しない、部活では中心になるような。そんな、華のあるイメージ。
漫画の舞台だって、高校生が多い。そういったイメージが先行し、少なからず憧れがあったように思う。
いざ自分が、なるまでは。
 
なってみたら、そんな風には全然なっていなくて。ただ漠然と、退屈を感じている自分がそこにはいた。
高校にも慣れた。受験もまだ先。余裕がある。だけどその余裕を、ぶつける先がない。持て余している。そんな、感覚がずっと続いていた。
振り返ってみれば、それはないものねだりで。なんだかんだ楽しんでいたとは、思うけれど。
当時の自分は、退屈していたように思う。少なくとも、自覚の中ではそうだった。
 
あまりにも物足りないから、何かをしないと。
焦りに駆られた僕は、とりあえず、勉強を始めた。時間があれば、英単語を覚えた。
「やりたいこと」がないならせめて、「やるべきこと」をやろう。
誰に強制されるわけでもなく。暇だから、自然とそうした。
 
当然、成績は伸びた。するとクラスの勉強熱心な奴と、成績を競うようになって。
気づけば少しだけ、退屈ではなくなっていた。
 
当時の自分は、その先にある受験なんてまるで、意識していなかった。
ただ、退屈を紛らわすために。少しでも「今」を、充実させたいとの思いから。余ったエネルギーを、「やるべきこと」に、注いだのだと思う。
だがそれが結果的に、受験勉強のスタートダッシュへと繋がった。志望校に現役合格できた、一因となった。
意図せずやったことが、気づけば未来に繋がっていた。そんな経験だ。
 
振り返ってみると、他にも似たような経験がある。
天狼院の「ライティング・ゼミ」だって、そうだ。
 
社会人生活が上手くいかない中で、少しでも成長したいと思って、2019年2月開講コースを受講した。
ただひたすらに文章の上達だけを考え、課題投稿に取り組み続けた。そうして受講を終えた、6月の頭。
なんと僕は、天狼院にスタッフとして合流することが決まった。
 
その時評価されたのは、「ライティング・ゼミ」の成果。
毎週欠かさず課題投稿をしていたこと。掲載を勝ち取っていたことが、追い風となって働いた。
 
もちろん最初から、「天狼院に入りたい」と思っていたわけじゃない。
ただ課題投稿を、「やるべきこと」だと認識して、ひたむきに取り組み続けただけだ。
どれもこれも、意図せずやったこと。しかし振り返ってみると、
それらすべてが、今の自分へと繋がっていたんだ。
 
晴れていく不安。そうだ。べつに何も。
「やりたいこと」が、無くたっていいじゃないか。
「やるべきこと」が、あるならば。全力で取り組め。それらは決して、無駄にならない。
やがては未来を、好転させるはずだから。
 
同時に思う。「やりたいこと」が今見つからないのは、世界が狭いからかもしれない。
「できること」が、少ないからかもしれない。
 
だから今は、取り組め。ただ「やるべきこと」に、一心不乱で。
そうして、成長しろ。「できること」を、増やせ。
その先に、「やりたいこと」が見えてくるかもしれない。
 
今だって、そうだろ。たまに降ってくる、「この出来事を書きたい」という、強い感情。
それは、「ライティング・ゼミ」を経て、文章を書けるようになったからこそ、抱く気持ちだ。
できるようになったからこそ、「やりたい」と思えるようになったのだから。
 
イメージがある。それは、具体的なイメージ。
重たいバットを持ち、ただひたすらに素振りをする。
100回やそこらでは、改善は見られないかもしれない。
 
それでも、振り続ける。ただひたすらに。試行錯誤しながら、繰り返し振る。
ひとつひとつの動作は、地味だけれども。続けることだけが、スイングを鋭くしていく。
やがては当たりもしなかった球すらも、打ち返せるようになるかもしれない。
 
だから今はただ、バットを振れ。
無心で振り続けろ。思考は、クリアなままで。
 
塵も積もれば山となるように。水滴が何年もかけて、岩をも削るように。
一歩一歩は、小さくたっていい。続けることだけが、お前の姿を変えていくのだから。
 
「やりたいこと」が見つからなくても、迷子になる必要なんかない。
「やるべきこと」を北極星にして、ただひたすらに進め。力をつけろ。それまでは。
 
自由になれなくたって、構わない。
 
 

◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。
青年の悩みや憂いを主題とし、16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
同年6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。
メディアグランプリ33rd Season総合優勝。
『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、3作品でメディアグランプリ週間1位を獲得。

 
 
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