チーム天狼院

青春の一ページは、ジンベイザメでもなく鹿でもなく《ありさダイアリー》


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それはある冬のこと。とっても寒い日だった。
ヒートテックを重ね着した上にTシャツとパーカーを着た。
周りにある布団をかき集め、たった一枚のカイロを握りしめた。
風も空気も冷たくて、体の芯まで冷え切ってしまった。
寒い空間の中、わたしはどうにか暖まろうとしていた。

わたしは別に、北国出身なわけではない。
しかも外にいるわけでもない。
部屋の中に居るのに、どうにもこうにも寒くてたまらない。

そんな日だった。

そんな追い込まれた状況なのに、奴は迫ってくる。
音もたてず、そっと背後に近づいてくる。
何も言わずに部屋の隅でじーっとこっちを見てくる。

……気持ち悪い。

気分は、最悪だった。
しかし、わたしには逃げ場はなかった。
他の部屋に行くこともできたのだが、なぜかあいつはやってくるのだ。

どれだけ引っぱたいても。
どれだけ蹴っ飛ばしても。
どれだけ扉の外から追い出しても。
絶対に、私のもとへ戻ってくる。しぶとい奴だった。

そのしつこさに我慢できず、私はイライラと怒鳴り散らす。
もう、あっち行ってよ!
そう言うと、奴はふっと姿をくらませた。
どうせ気が付いたらまたじとーっと近くに寄って来るのだが。

こんなはずじゃ、なかったのに。

はー…とため息をついて、わたしは姿勢を崩した。
そして、隣にいる友人たちと目を合わせ、もうやんなっちゃうよね、と愚痴を言い合った。

実はこの日、わたしはひとりではなかった。
高校2年生の冬。修学旅行に来ていたのだ。

今までの修学旅行の行先。
小学校は、日光。
中学校は、京都、奈良。
周りの学校も同じような感じだったし、どこも初めて行くところで、満足していた。

高校生になったらどんなところに行けるんだろう…。
わたしは、中学の時からわくわくしていた。

外国になるのかな?シンガポールとかマレーシアとか行ってみたいなあ…そうなったらパスポート作らなくっちゃ!
沖縄とか行ったら綺麗な海を見れるのかな?あ、もしかしたらジンベイザメ見れるかも!
でも、高校でも京都ってところあるって聞いたなあ…でもまあ京都ならいっか!

そんなことばかり考えていたから、高校生の修学旅行は、か な り 期待していた。

しかし、その期待は、早くも1年生の時に崩れてしまった。

なぜか。
だって、だって、だって!
行き先が滋賀、岐阜、石川、名古屋ってなんですか!!!
いや、多すぎでしょ!
どんだけ移動する気ですか!

あの、大学生の個人旅行だったらいいんです。一人旅とか少人数グループとかで行くなら。どの県も魅力のある土地だし。それでも、一度に行くのは二つか三つの県が限度だと思うけど。

でも、修学旅行って一大イベントじゃないですか。高校生ってそんなほいほい旅行に行けないですもん。どうせなら滅多にいけないところ行きたいじゃないですか。

それが、修学旅行と言う名にはあまり合わないような行き先で。わたしは愕然とした。
それは周りの友達も同じだったようで、修学旅行出発の直前まで、みんなぶーぶー不満ばかり行った。

でも、修学旅行の前日になるとあら不思議。
やっぱり、楽しみになってくる。なんてったって大人数でお泊まり大会ですからね。いつも一緒に居る友達とずっと一緒に居られる。そりゃテンション上がりますよね!旅行はやっぱりメンバーが大事。場所はもうしょうがないからどうにでもなれ、といった感じだった(笑)

一日目。田舎に泊まろうin滋賀!
某テレビ番組のパクリ感しかないですけど、本当に民泊したんです。
滋賀のある集落にお世話になり、四人グループで一泊、泊めていただきました。
やっぱり行く前は、だっさい企画だなあ…知らない人の家泊まるの嫌だなあ…と思っていた。
しかし、泊めていただいた家族は本当ににあったかくて、美味しいご飯をふるまってくれたし、農業体験でも親切にやり方を教えてくれた。たった一泊でしたが、人の優しさに触れた、貴重な体験になったと思う。
その証拠に、別れ際にボロボロ泣いているグループがあったし、わたしもなかなか離れがたく感じた。

二日目、石川。そして岐阜に移動。
この日がXデーだった。

はじめは、有名な庭園である兼六園を巡ったり、古い街並みを歩いたり、まあまあ楽しかった。
歩き回ってクタクタになって乗ったバスの中での一言で、あの忌まわしき出来事へのカウントダウンが始まりまったのだった。

「今日泊まるところ、お風呂が遠くにあるからみんなでスーパー銭湯に行きますよ。」

……えっ?

いやいや、お風呂が遠くにあるって何?ちょっと歩くとかそういうレベルじゃないってこと?

一気に不安になった。嫌な予感しかしなかった。
そして、その嫌な予感はこの後あたってしまうことになる。

もうどうすることもできなくて、言われるがままに銭湯へ向かった。そこで一風呂浴びてから、まだ火照った体のままバスに乗り込み、宿泊先へ直行。

「さあ、着いたよ!」
担任の先生の言葉に顔をあげ、外を見た。

……うん?山?

あたりは木々に覆われ、足元はコンクリートの舗装も施されていない土の地面のまま。
これが季節が夏で、場所が軽井沢とか箱根とかだったら爽やかでとっても気持ちいいんだと思います。

でも、当時の季節は、冬。場所は、岐阜県。
爽やかさとはかけ離れた、THE• 冬の山でした。適切は表現かはともかく、わたしはそんな風に思ったのです。

で、肝心の宿泊先ですが…
藁葺き屋根のお家でした。
あの、三匹の子豚の長男が手を抜いて作ったお家です。その様子にそっくりだった。
中までびゅうびゅうと風が入ってくる。かなり寒い。燃えると困るから、もちろん暖房もない。
2階へと続く階段も古い。ミシミシ音がして、今にも壊れそうだった。

その古さに驚いて、わたしはキョロキョロと周りを見回っていた。
その時、じっと黙って座っている存在がいることに気づいてしまったのだ。
冒頭にも出てきた、奴である。
なぜわたしは気づいてしまったのか。

周りの女の子たちが
「やだーーーっ!」
「なに、やだやだやだ!」
と口々に叫び出したから。

その叫び声に引き寄せられ、そちらを見ると、緑色の服を着た奴と目があってしまった。
それに気づいた奴は、不敵な笑みを浮かべるのだ。

…いやー…まいったなぁ…

途方にくれていると、先生がやってきてがっしりと奴の腕を掴み、確保してくれた。

グッジョブ、先生!

やれやれと腰を下ろして座り、その場に居た友達と話していた。
しばらく経って、奴のことも忘れた頃。
どこからか異臭がしてきたのだ。

まさか…?
いや、でもそんなはずは…

信じたくなかったが、異臭のするあたりを突き止め、布団をガバッと起こしてみた。

……あちゃー…

居ました、居ました。それはもうたくさん。
わたしが一人ではなかったのを見越したのか、奴も仲間を大人数引き連れていたのだ。

奴らは、最初のあいつと同じように揃って緑の服を身につけ、にいっと気味の悪い笑みを浮かべていた。

そろそろ、お気づきでしょうか。
そう、奴はあいつだったのです。
異臭を放ち、緑色の体を光らせているあいつ。

わたしたちの泊まったのは、カ●ム●ハウス…いや、白川郷の合掌造りでした。
高校の修学旅行。
学生生活最後の修学旅行。
青春の一ページは、沖縄のジンベイザメではなく。奈良にいる鹿でもなく。
そう、カメムシだった。

これがもうなんか今となっては笑い話でして、
高校の友達と久しぶりに会う時には必ずと言っていいほど話題にのぼる。
大学の友達と修学旅行の話をする時にも、必ずネタになる。
それほど、強烈な思い出となった。

ちなみに、白川郷 五箇山の合掌造り集落は、春になるとすごく綺麗です。
なんてったって、世界遺産ですからね。
もし、岐阜に行く機会があれば、ぜひ白川郷、立ち寄ってみて下さい。

間違っても、冬の夜には行っちゃだめですよ。
奴が出てきて、一晩中戦うことになりますから。

それにしても。
最後の修学旅行がカメムシなんてなあ、と思っていた。
大学でもゼミ合宿やら卒業旅行やらいろいろあるけれど、それは修学旅行とは違いますからね。
もう一度修学旅行に行きたいなあなんて思ったことある方、多いのではないでしょうか。

ここで朗報です!
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