チーム天狼院

【結婚前夜】幸せのホルモン焼き《茜のつれづれ》


結婚前夜

記事:山口茜(ライティング・ゼミ)

「お疲れさまでした!」
一日の仕事が終わり、店を出る。
時刻は午後7時。

しまった。少し店を出るのが遅くなってしまった。
家へと向かうバスはあと5分で出発してしまう。

間に合う?
間に合わない?
いや! 間に合わせる!ダーッシュ!

天神のど真ん中。
バス停に向かってひた走る女が一人。

帰ったら急いで夕飯を作らなきゃ。
もしかしたら先に帰ってきちゃうかも。
今日のメニューは何にしようかな。

今日は水曜日。
平日の真ん中でも、天神は相変わらず人は多い。
前後左右に行きかう人々を器用によけて走りながら、
冷蔵庫に何が入っていたかを思い出す。

玉ねぎ、キャベツ、にんじん、しめじ。
うん、野菜は十分。

ちょうど帰宅ラッシュだった。
仕事を終えたOL、サラリーマン、
長い春休みを終え、新学期を迎えた大学生たち。
人ごみをよけて、走る走る走る。

お肉は何があったかな?
たとえ他に何の野菜があろうとも、実際メインを決めるのは肉だ。
ここが大事。思い出せ。
えーっとえーっと、確か昨日スーパーで買い物した……。

あ! シマ腸!

そうだシマ腸があった!
いつもより遅い時間にスーパーに行ったら、珍しくシマ腸が半額になっていたのだ。

今日はホルモン焼きに決定だ。
最近食べてなかったし、ササッとできちゃうし、何より美味しい。

まず、シマ腸をつけだれに漬ける。
味をしみ込ませている間に、ご飯を炊いて、野菜を炒める。
キャベツとたまねぎ、おっと、もやしもあったっけ。
味の濃いホルモン焼きにはシンプルな塩味の野菜が一番合う。
そうこうしている内に10分経つ。
シマ腸を漬けていたビニール袋をあけると、
ニンニクとしょうがの良いにおいが香ってますますおなかをすかせる。
油を薄くひいたフライパンが温まったらシマ腸を投入。
肉の脂身がどんどん出てきて、じゅうじゅうと良い音を立てる。
ひっくり返したくなるけれど、ここは慌てない。
しっかり焼き目をつけるために、あまり動かさないようにする。
十分に火が通ったら、先ほどのつけだれを絡めていく。
甘辛味噌だれがじゅわ~っとフライパンにの中に広がって、
シマ腸がテラテラと光っている。
水溶き片栗粉でとろみをつけたら完成だ。
なんたってこのとろみが重要。なんでとろみが付くだけであんなに美味しくなるんだろう。
よし、メインのホルモン焼きは完成。
ご飯が炊けるまでの間に、豆腐と油揚げのお味噌汁をつくる。
一緒に暮らし始めて覚えた、彼が一番好きな味噌汁の具だ。
具が茹であがるのに時間はいらない。
すぐに火を止めて、味噌をとかす。
とかしている頃にちょうど彼が帰ってくる。
ただいま。おかえり。
あともう少しでご飯できるよ。ありがとう。
ちょうどよいタイミングでご飯が炊けた。
もう一度フライパンを弱火にかけてホルモン焼きを温める。
やはりアツアツでなくてはいけない。
味噌汁をよそって、ご飯をよそって、アツアツになったホルモン焼きを大量の野菜が盛られた皿に移しかえる。
着替えを済ませた彼が、皿をテーブルまで運んで、箸を並べて、お茶の用意をしてくれる。
テーブルに座って顔を見合わせ、二人揃って「いただきます」

完璧!完璧だ!
完璧な夕飯計画!!

そこまで妄想し終えた頃に、ちょうどよくバス停に着いた。
なんとかバスの出発時刻には間に合って、いそいそと乗り込む。
座席に座り、ホルモン焼きを嬉しそうに頬張る彼を想像しながら、通り過ぎる街並みを眺める。

その時、あることに気付いた。

あれ、もしかして今日って……。
いわゆる……。

結婚前夜じゃない?

そうなのだ。
明日ついに、1年間同棲した彼と、婚姻届を出しに行く。
つまり今日は、結婚前夜だ。

しまった。そんなこと全く考えていなかった。
そもそも結婚前夜とは何をするものだろう。
何かトレンドはあるのだろうか。
ごちそう?ケーキ?花でも飾る?
でもそれは結婚した当日で良い気がする。

かの名作、ドラえもんの短編映画「のびたの結婚前夜」では、
のびたはジャイアンやスネ夫と飲みに出かけ、
しずかちゃんは家族と最後のひと時を過ごしていた。

でも今さら、友達と夕飯の約束を取り付けるのも、実家に帰るのも不可能だ。
まあ、今日は別に何もしなくていいかな。
明日お祝いすればいいよね。

ただ……。

よりによってホルモン焼きってどうなのよ。

せめてハンバーグとか、唐揚げとか、カレーとか。
どのメニューも庶民感に溢れてはいるが、ホルモン焼きに比べればマシな気がする。
でも今から買い物に行けば軽く8時30分くらいにはなってしまう。
そこから作り始めるとすると、できあがるのは早くても9時。
仕事から帰ってきて疲れている彼を待たせたくない。

ホルモン焼きか。
おしゃれな夕飯か。
ホルモン焼きか。
素敵な結婚前夜か。
ホルモン焼きか。ホルモン焼きか。ホルモン焼きか。

もう~~~仕方ない!
今日のメニューはホルモン焼き! 決定!!!
だって美味しいもん! 彼も絶対に喜ぶはず! 間違いない!
だいたい彼だって、結婚前夜なんて意識してると思えないし。

そんなことを考えている内にあっという間に降車するバス停が近づいてきた。
バスから降りて、早歩きで家へと急ぐ。
時刻は8時前。
道から見える我が愛しのマンションを見上げると、窓のカーテンの隙間から明かりがもれている。

しまった! もう帰ってきている!
マンションまでの道を全力疾走。さらにマンションの階段を4階までかけあがる。
今日は走ってばっかりだ。息を整えながら、鍵を開ける。

「ただいま!!!」
勢いよくドアを開ける。
すると、食欲をそそる香ばしいにおいが漂ってきた。
あれ、このにおいは。

「おかえり」と、キッチンから彼が顔を出す。
手にはフライパンを持っている。
その中身は、まさか。

「仕事お疲れ様。今日のメニューはホルモン焼きだよ」
にこりとほほ笑み、彼は続ける。
「茜ちゃん、ホルモン焼き好きだったもんね」

まさか、こんなこと、全然予想していなかった。
今日は私が美味しい夕飯を作って待っているはずだったのだ。
そしてそれを彼が美味しそうに食べるのだ。
だって今日は、今日は……。

目に涙が浮かびそうになる。慌ててうつむき、こっそり拭う。
キッチンに戻って料理を再開させた彼に近づいていき、精一杯平静を装う。
「……遅くなっちゃってごめんね。 ご飯、作ってくれてありがとう」
「いいよ。たまたま俺が早く帰っただけだから。それに……」
フライパンに落としたままだった目線を、ゆっくりと私に向ける。

「今日は結婚前夜だもんね」

フライパンの中のシマ腸がじゅうじゅうと良い音をたてている。
だめ、だめ、泣いちゃダメ。

「いつもありがとう、これからもよろしく」

ついに、我慢していた涙があふれ出した。

ああ。
彼だ。彼だったのだ。
やはり私の結婚する相手は彼しかいないのだ。

変に気取らず、かっこつけない。
いつでも誰に対しても、相手を気遣うことのできる人。

「……こちらこそ、いつもありがとう。これからもよろしく」
目は真っ赤、ついでに鼻も真っ赤になって、ようやく言葉を絞り出した。
ああ。本当に、こんなはずじゃなかったのに。

コンロの火を止め、彼は改めてこちらに向き直る。
笑うと目がなくなる、優しい笑顔を添えて。

「ふふ。鼻水出てる」

結婚前夜はホルモン焼き。
世界で一番、最高のメニュー。

《終わり》

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