いい医者に学ぶ、目に見えないものを診ているとは?
記事:苅谷高宏(ライティング・ラボ)
「次の方、どうぞ・・・」
中から先生の声が聞こえたので、扉を開けてガチャッと入る。
目の前には、眼鏡をかけた男性の先生、
その周りに看護師さんが3名と、いつもの光景がそこにはある。
「どうしました?」
「いつも通りですね。じゃ、この薬で!」
「薬が切れたら、また来てください」
先生が発する言葉は、常に繰り返し。
パソコンでプログラムが組まれているのでは? と思うほどだ。
何度も通っているが、先生と顔を合わせるは、ほとんどない。
先生が見ているのは、パソコンの画面と私のカルテのみ。
時に心配や不安になることもあるが、この現状が分かって通っているので、今のままでいいと思っていた。
そう、治療用の薬さえしっかりと処方してもらえれば・・・
ただ、今年は例年以上に、アトピーの症状が悪かった。
いつもと同じ薬ではあまり効果がなかった。
痒みが断続的に続き、眠りを浅くしていた。
この日は、いつもの皮膚科が休みの日だったので、新たな皮膚科を探してみた。
時間を有効活用したかったので、ネットで予約できる皮膚科を。
色々と調べるものの、イマイチよく分からない。
結局は、人気のある皮膚科を選択することにした。
よくよく場所を調べてみると、皮膚科に行くまで50分は近くかかる。
往復で約2時間。こんなに遠くの病院に行くのは生まれて初めての経験だ。
しかも、当日の朝に予約が始まるにも関わらず、
午前中の予約はすぐに締め切った。
まるで、人気アーティストのコンサートチケットのようだ。
仕方がなく、午後の時間帯を予約した。
後は皮膚科に行くだけだが、ふとしたことに気がつく。
「もしかして、皮膚科に行くのを楽しみにしている?」
こんな感情が自然に湧き出て来た。
自分でも不思議な気持ちだ。いつもと何かが違う。
この日は早めに仕事を片付けて、夕方から新たな皮膚科に向けて出発した。
50分は読書時間にあてて、駅から徒歩7分で無事に到着。
2階の受付で「予約した苅谷です」と伝えると、「ありがとうございます。それでは、しばらくお待ちください」と。
待ち時間は15分ぐらいだっただろうか。
電車で読んでいた文庫本の続きを読みつつも、ウトウトしていた時に
「かりやさん、中にお入りください」
呼ばれて、あわてて目を覚ます。
まぶたの重たさを感じつつ、診療室の扉を開けると、その部屋は何かが違った。
最初に感じたのは、「やわらかなニオイ」だ。
診察室には、保育園のような優しい気が流れ、穏やかな風が吹き、心地よいリズムが刻まれていた。
その瞬間に、僕の心はつかまれた。鷲づかみだ。
「ここは、大丈夫」「ここなら、安心」といった気持ちになった。
「かりやさん、こんにちは。今日はどうしましたか?」
「ちょっとアトピーの調子が悪くて・・・」
「確か右手の辺りが荒れていますね。随分と痒かったじゃないですか?」
「そうなんです。寝ている時、無意識に掻いてしまって・・・」
「痒みは、我慢できないですからね」
「はい。後は膝の裏や脇腹辺りが赤くなっています」
「そうですか・・・では、横のベットでシャツを脱いで見せてください」
やり取り自体は、普通なはずなのに、やけに素直になる自分がいる。
一通りの診察が終わった後に、先生が言う。
「この症状だと、随分と痒み思いをしたんじゃないですか? あとは、夜も痒みで眠れない日が続いたのでは? ほんとうに大変でしたね」
(あっ・・・)
この時、僕の心の何かが決壊した。
プツンと弾ける音がした。
心が一気に温泉で満たされた。
そうか・・・
今まで自分でも気づかなかったが、こんな一言を待っていたのだ。
効き目のある薬が欲しかったわけでもない。
引っかき傷の心配をして欲しかったわけでもない。
ただ単純に、痒みに疲れた心に寄り添って欲しかったのだ。
この時に、いい医者の大原則を発見した。
いい医者は、目に見える「傷」だけを診ない。
なぜなら、目に見えない「心」を診ているのだ。
もちろん、診ているだけではなく、心をケアする言葉を届けている。
これこそが、診察であり、心察なのだろう。
午前中の診察の予約がすぐに一杯になることも、わざわざ遠くからでも通ってくる人がいることも、一人ひとりの診療時間が少し長くなっていそうなことも、妙に納得した。
だって、色々と話をしたくなる。
些細なことでも聞いて欲しいと思う。
間違いなく、僕もその一人だ。
心が満たされることは、この上なく気持ちがいい。
心の調子がよくなると、やはりアトピーの症状も良い。
後、気になるとしたら、痒みによって目が覚めてしまう睡眠だ。
でも、今日は気持ちよく眠れそう。
きっといい夢を見ることができるだろう。
さらにぐっすりと眠り、身体に潤いを与えるために、今日は近くのスパで温泉に入っていこう。
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