怖い話と横恋慕と私
記事:新倉義樹(ライティング・ラボ)
七月だけに夏の怖い話を書いてみたい。
「こんな笑える話があってね」などと話し始めるのは、聞き手のハードルを上げてしまうのでやめたほうがいいと言われる。
しかし、私はあえて怖い話、いや、「とっても怖い話」を書くと宣言する。
今から書く話は、四年前に私が都内某所で実際に体験した、背筋も凍る実話である。
あれは東日本大震災の記憶が生々しく残る夏の出来事だった。
その日は朝から蝉の声がうるさく、強い日差しは街路樹の葉を鋭く突き刺していた。
通りを行き交う車のエンジン音が、汗をかいた体にまとわりつき鬱陶しく感じるほどだ。
午前中の集会場に、○○マンションの住民約50と準大手ゼネコンのA社、そして地元の中小ゼネコンのB社が集まった。
その冬に行うマンションの大規模修繕工事の業者を選定するため、ゼネコン二社によるプレゼンテーションがあったのだ。
当初、A社は苦も無く今回の案件を受注するはずだった。
それが、なぜB社とのプレゼン対決になったのか? それは、もちろんB社による営業攻勢があったからだが、A社とマンションの間には何の問題もなく、長年付き合ってきたのだ。
しかし、そこに大きな落とし穴があった……。
このプレゼンは、マンション建設当時から独占的に関わってきたA社にとって、飛び込み営業で今回初めてマンション側と接点を持ったB社には、絶対に負けられない戦いだ。
まずA社の担当者が上司と部下を連れて集会場に入って来た。
鼻息も荒く、相当自信があるような面持ちだ。
会社のPRから始まり、一通りの施工内容の説明のあと、最後にとっておきの秘策をぶち上げて終了、質疑応答となった。
工事中の安全対策などの質問のあと、マンション管理組合長が口火を切った。
そこから恐怖が始まる……。
「この前出してもらった見積もりと比べて、ずいぶんと安いようだけど?」
「はい。施工内容、使用資材等の見直しだけでなく、上司に掛け合って特別な価格を出させて頂きました。とっておきの秘策です!」
「とっておきの秘策って(失笑)……。この前B社の見積もりを見たから、それの下をくぐるために安物に切り替えただけじゃないの?」
「いえ、ギリギリまで上司にかけあって……弊社の利益をギリギリまで抑えて……特値でございます」
だんだんと雲行きが怪しくなってきた。
そこに他の管理組合員が畳み掛ける。
「じゃぁ、何で初めから特値を出さないの?」
「最初はボッてたってこと?」
「施工内容や資材を見直したって言ってたけど、安かろう悪かろうじゃ困るんだよ!」
「こっちが何か言えばすぐ値下げして、おたくら今日まで何回値下げしてんだよ!」
「そうだよ! 今回も何か言えば、もっと下がるのか!」
怒声に変わってきた。
どうやら今日までの話し合いのなかで、B社と比較して色々と納得できないところがあったようだ。
「安い資材に切り替えといて、何が“とっておきの秘策”だ! 我々を馬鹿にしてるのか!」
A社の担当者は顔面蒼白でしどろもどろになった。
同席していた上司と部下は当初困惑していたが、今や上司はブ然として、部下は半ば呆れた表情で担当者を見ていた。助け舟さえ出さない。
上司と部下の目の前で顧客からつるし上げられ怒声を浴び、絶対に取らなければいけない契約を落とす……怖い、怖すぎる……。
その夜、A社の担当者と入れ替わった私が、みんなの前で顔面蒼白になる夢を見て夜中に目を覚ました。ひどい寝汗は熱帯夜のせいだけではないだろう。
隣りで寝ていた妻が心配そうに声をかけてきた。
「ずい分うなされてたけど、大丈夫? 」
何故このような状況になってしまったのか? 男と女に置き換えて考えてみた。
○○マンション=魅力的な女性「花子」 A社=花子の恋人「太郎」
B社=突然現れた恋敵「ペリー」 とする。
太郎と花子は付き合って10年になる。付き合っている期間が長いせいか、最近はデートといえば太郎の部屋でテレビ、そして食事はカップラーメン。
いつも同じ。
別にテレビやカップラーメンが悪いわけではないけれど、毎回それでは倦怠期にもなりそうなものだ。
時には映画やドライブに行ったり一緒にスポーツしたり、隠れ家的なレストランに行ったり……そんなことはなかった。
そんなある日、花子の前に突然ペリーが現れた。
そして猛烈に花子に愛を語りアタック(営業)してきたのだ。
ペリーは花子に洒落たレストランや浦賀沖クルーズに行こうよ、などと誘ってくる(提案)。花子は太郎から、ここ数年そんな誘いを受けたことはなかった。
やがて花子は、自分は太郎から軽く扱われてるのでは? と思うようになってきた。
でも、太郎とは長年付き合ってきた情もあるし、簡単には割り切れない。
そこで花子は太郎に「私、ペリーさんからこんなに誘われてるの」と正直に打ち明けたのだ。「もう、私ひとりじゃ決めきれない、今後のお付き合いをお父さんお母さん(マンション住民)にも相談したいの(公開プレゼン)」
花子は俺のもの、と漫然と考えていた太郎は焦った。
――― こ、これが黒船か ―――
そこで急きょ、ブランドのバック(安い見積もり)を用意し、これで安心とタカをくくっていたのだ。しかし、花子はそのブランドのバックは質屋(安易な値下げ)で手に入れたことを見抜いてしまう。
花子は太郎に興ざめし見切りをつけ、ペリーの元に去ってしまった……。
はたしてA社に○○マンションに対する愛はあったのだろうか? ずっと依頼があったことにより漫然とした付き合いを続け、釣った魚に餌はやらない状態になっていたのではないだろうか?
一方、私はうなされていたことを妻に心配された。
当時は見切りはつけられていないようだった。
今はどうだろう? ちょっと食事に誘ってくる、怖い怖い……。
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