2. これから意識します、君のこと〜ルート〜 《オトナのための中学数学》
記事:吉田健介(READING LIFE編集部公認ライター)
「おもてなしの心」
私の住む京都は、国内外問わず、連日多くの観光客で賑わいを見せている。
タクシーに乗れば、オススメの場所や美味しいお店を教えてくれる。
ふと店に立ち寄れば、英語や中国語、韓国語などのメニューを見ることも珍しくない。
訪れてくれた人それぞれに、京都を楽しんでもらおうという気遣い、心遣いを感じる。
タクシーの運転手は、自分で調べたり、誰かに聞いたことを、オススメ情報として教えてくれるだろう。お店のスタッフは、店の裏側で、時間を見つけて外国語のメニュー表を作ってくれているに違いない。そんな彼らの心意気は、決して表に出ることはない。
まさに「おもてなしの心」である。
「じゃあ、10数えたら、上がろうか。せーのっ!」
「いーち、にーい、さーん……」
湯船から立ち上るけむりの間を、元気な声で埋め尽くされる。
お風呂で数える数字。これは、いわゆる自然数だ。
マイナスやゼロはカウントされない。
「マイナスごー、マイナスよーん、マイナスさ〜ん……」と数える子どもはあまり見ない。
小数や分数もカウントされない。
「いーち、いってんいーち(1.1)、いってんにー(1.2)……」
一気に10までの距離感が遠くなる。
「ちょっと待って待って」
一緒に浸かっているお父さんはカウントを遮るはずだ。
お風呂で数える数字。この数字、0よりも後ろには、マイナスの数が存在し、隙間には小数や分数が存在する。こうした少数や分数は、普段目にする機会は少ないものの、私たちの生活ではよくお世話になっている。
例えば、温度計はマイナスが必要だ。
データやグラフを扱う時は、小数や分数も使う。
様々な場面で私たちは数字を幅広く利用しているわけだ。
お風呂で数える数以外にも、数字は私たちを支えてくれている。
あえて意識すると、確かにそうだなあ、と思う。
大人になった今だからこそ、彼らとの距離に親近感すら覚える。
しかし、そんなマイナスや小数、分数よりも、もっと後ろに隠れている数が存在する。
彼らは決して姿を現すことはない。周りから脚光を浴びることもない。
シャイだから、とか「あたくしなんて役に立ちやしません」と引け目を感じている、というわけではない。
むしろ、確実に私たちの生活を支えてくれている。場合によっては毎日使っている人もいるかもしれない。ホテルのベッドメイキングのように、表に出てくることはないというだけ。見えない所で、自分のやるべきことをこなしているだけ。ただ、自ら名を名乗ることはない。
それは、√(ルート)だ。
例えば、√2。
「一夜一夜に人見頃(1.41421356……)」
√2の覚え方だ。√2は「1.41421356…… 」という無限に続く小数となる。
1回1回、ノートに「1.41421356…… 」と書いていてはキリがない。
「何かの呪文?」「…… 大丈夫?」
友人や家族から心配の声が上がってしまう。
「1.41421356…… 」と書くのではなく、√ という記号を使って表してしまおう、OKにしちゃおう、というのが√2である。
阪神タイガースの帽子を被っていたら阪神ファン、というようなもの。
「よいよい…… みなまで語らずともよいのだ」ファン同士、心を通わせるようなもの。
この√2という数字、あまり日常生活で目にすることはない。
スーパーへ買い物に行っても「√2%引き!」なんて言葉はあまり見たことがない。あまり、というか全くない。
つまり小数や分数と違って、√という数は、私たちの目に触れることはないのだ。
しかし、√は確実に存在している。
「そりゃ、どっかでは使われているんでしょ? どっかでは」
遠い距離感に感じてしまいがちだが、実はかなり身近に存在している。
手で触れるくらいの距離に……
それはコピー用紙だ。
このコピー用紙、一般的にA4やB5サイズが主に用いられているわけだが、縦と横の比率は「1:√2」となっているのをご存知だろうか。
「えっ!? そうなの?」
そうなのだ。
今まで意識したことも、考えたこともなかった人もいるだろう。
私たちが普段使っているコピー用紙には√2が存在しているのだ。
このコピー用紙、半分にしても1:√2という比率となる。
また、倍のサイズにしても1:√2。少し不思議。
コピー用紙に隠れている√2という数字。実は意外な方法で確認することができる。
近くにコピー機がある人は、A4→A3と拡大してみてほしい。
ディスプレイには「141%」と表示されるはずだ。
この数字は、√2=1.41421356…… の1.41から来ている。
彼らはあえて自分たちを√で言い表わさない。
「僕たちはA4です。それ以上でも以下でもなく」
そう彼らは√であることをひけらかすことはない。
クールに、スマートに「A4」とだけ名乗って去っていく。
しかしその実態は「√」という特別な数で構成されているのだ。
スーツを着て、メガネに七三分けした冴えないサラリーマン。そんな彼は実はスーパーマンだった、というように。
近くにコピー用紙がある人は実際に手に持って眺めてみてほしい。
1:√2の比率を目で確かめてほしい。何なら触ってみてもOKだ。
「白銀比……」
この1:√2という比率、実は日本でも馴染みのあるものなのだ。昔から美しいバランスとされてきた比率。そのバランスから「白銀比」と名付けられる程に。
ちなみに、大工さんが使う道具にも√2が使われている。
曲尺(かねじゃく)という道具だ。
この曲尺、様々な使い方があるが、中でも、丸太から無駄なく正方形を取り出すときに√2が使用される。
曲尺の内側のメモリは√2倍されている。
正方形と対角線の関係は「1:1:√2(縦:横:対角線)」となっているので、そこを活用しているわけだ。
こうすることで、どのくらいの大きさの正方形が切り取れるか、一目見て分かるようになっている。
√は決して表に出てくることはない。
しかしその実態は、私たちの生活に深く関わっている。
ちなみに、コピー用紙以外に、新聞や文庫本も1:√2となっている。
私たちは目に見える世界を一度更新してもよいのかもしれない。
少し意識すると見えてくるはずだ。特別な数√という存在が。
そして、私たちの生活をしっかり支えてくれていると感じるはずだ。その気遣いと心遣いを。
まさに、おもてなしの数、√。
これから意識しよう、√のことを。
❏ライタープロフィール
吉田 健介(READING LIFE 編集部公認ライター)
現役の中学校教師。教師が一方的に話をするのではなく、生徒同士が話し合いながら課題を解決していく対話型の授業を行なっている。様々な研究授業で自らの授業を公開。生徒が能動的に学習できるような授業づくりを目指している。
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