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時の錬金術師〜吉祥寺「小ざさ」稲垣篤子氏〜《未来ラボ公式レポート》


「海鈴、今日は”フォーメーションZ”で行くよ」

そういうと、はい、わかりました!と海鈴はサムズアップする。
イベントが多い天狼院では、その時間になると店の配置を大きく変える。
スクリーンを据えた「フォーメーションS」、映画ラボの際の配置をベースにした「フォーメーションE」などあるが、「フォーメーションZ」は、天狼院の配置の中で、最大の収容人員になる場合に使う。

今宵、お招きするのは、『1坪の奇跡』著者であり、世界で一番美しいビジネス吉祥寺「小ざさ」代表、稲垣篤子さんだ。
申し込みも多く、天狼院のインターン生や卒業したインターン生まで多く聴きに来るということで、超満員になることが当初から予想された。

ただの超満員のイベントではない。
熱気に満ちた、たとえば2時間という時間が刹那に感じられるほどの圧力に満ちた時間になるだろうと思った。

本気で夢を実現したい人のために天狼院版「松下村塾」を作りたい。

それを僕は「天狼院未来ラボ」と名づけた。

「天狼院未来ラボ」の第一回目の登壇者は稲垣篤子さんしか考えられなかった。

稲垣さんに電話で打診すると、

「私も松下村塾作りたかったの! 私も同志にして」

と、まるで少女のように無邪気に言った。

参加された方は、なぜ、僕が稲垣篤子さんを尊敬するのか、大好きなのか、わかっただろうと思う。

稲垣さんは、誰より前向きで、好奇心旺盛で、チャーミングなのだ。
もうとっく80歳を超えているが、ご自身も言っていたように、そんなモノサシなど何の意味もなさない。

当然のように、若い。もしかして、そこにいた誰よりも若かったかもしれない。

ラボの始まりに、稲垣さんは核心的なことを言った。

「人の1日は24時間しかない。ここにいる誰もが同じ」

当たり前のことである。
誰もが知っていることである。
けれども、稲垣さんの口からその言葉が発せられたとき、何か、稲垣さんの素晴らしさの本質の尽くが、この一言に集約されているように思えて、僕は密かにのっけからひとり、総毛立っていた。

そうか、そうなのだ。
だからか、と多くのことが腹落ちしてしまったのだ。

会が始まる前に、装丁の石間淳さんを交えて、稲垣さんと雑談していたのだが、そこで稲垣さんはこんなことを言っていた。

「今の人たちはね、こう」

と、稲垣さんは両の手のひらを一度合わせて、上下に引き離した。
いつも、稲垣さんは身振り手振りを交えてわかりやすく説明してくれる。

「出来る人と、そうでない人が分かれていると思うの。その中間がいない。前はね、中間が多くいたんだけど」

それは、ひとえに、24時間をどう使うかでしかない。
24時間をどう使うか、意識するかどうかで、最初は小さな差だったものが、10年経つと取り返しがつかないくらいに大きな差になる。

稲垣さんが時間の尊さに気づいたのは、偶然ではない。

稲垣さんは昭和7年生まれである。
物心がついたころには、戦争まっただ中だった。

とにかく、自らの命を守るために、九州への疎開を強いられた。
多感な時期に終戦を迎えた。

世の中の価値観がひっくり返るのを目の当たりにした。

「大人の言うことなんて、信用ならないものだと思いましたよ。だから、自分で考えて、自分でやらなきゃって」

と、稲垣さんは言う。
東京に戻った稲垣さんの一家は、ほとんどゼロから、吉祥寺の闇市が犇めく通りで屋台のように小さな組み立て式の和菓子屋を始めた。
女学生くらいの年ごろの稲垣さんは、一家を養うために、3年間1日も休みなく、1日12時間、その小さな店の中に立ち続けた。
一家と言っても、今のような核家族ではない。当時は兄弟姉妹が多く、一族みんなが家族であって、十数人という人間の生活が、小さな稲垣さんの方にのしかかっていたということだ。

稲垣さんはこういう。

「背負うものが大きければ大きいほど、重ければ重いほど、力がみなぎってくる」

実は、稲垣さんはカメラマンをしていた時期もあって、好きで和菓子屋をやっていたわけではない。家族を養うために、長女である自分がやらねばならないと、大切なカメラを以後封印して、和菓子に人生を賭していくことになる。

「言ってしまうと、こう、大きな枷をはめられたようなものですよ」

と、稲垣さんは、両手でまるい枷を宙に描き、それを被せられるような仕草をして言った。

「でも、そうして枷をはめられると、時間がどれだけ大切かがわかるようになったんです」

戦争による不自由、戦後の混乱期における貧しさによる不自由。
きっと、稲垣さんばかりではない。

当時の日本人の多くが、大きくて重い枷を背負わされていた。
だから、昭和一桁生まれの人は強靭なのだ。
その年代の人たちは、時間の尊さを熟知しているのだ。

そして、その枷の重厚の中で、稲垣さんは「時の錬金術」を自ら編み出した。

カメラマンになりたかった稲垣さんにとって、和菓子屋としての日常は決してエキサイティングなものではない。
およそ1,000日、12時間小さな店の中に立ち続けることを、想像するだけで気が遠くなりそうになる。
けれども、その日常を「面白く」する方法を稲垣さんは見つけ出した。

「ずっと目の前を通り過ぎていく人を見ているとね、あることに気づいたの。足早に行き交う人に、いらっしゃいませ、と声をかけたってだめ。つま先が本の少しこっちを向いたときに、声をかけると来てくれることに気づいた時には嬉しくて。そうやって人の動きを観るのが面白くなったんです」

普通なら、苦痛でしかない時間を、「面白さ」に変えることができたら、どんなにいいだろう。

稲垣さんは、こんなことも言った。

「新しく『面白さ』を自分で作り出すタイプの人と、目の前にあることを『面白さ』に変えることができるタイプの人がいるんだとおもうんです。私は、目の前にあることに沿って、面白さを見つけさすことが得意なんでしょうね」

だから、つねに稲垣さんは好奇心旺盛で、無邪気に面白がることができるのだ。
決して、楽な状況ではなかったと思う。
けれども、なんでもない「時」を「面白さ」に変換することができたために、1,000日間休みなく、1日12時間店の中に立ち続けることができた。
傍からみれば、苦痛でしかないことも、当人にとっては「面白い」ことだったので、ストレスなく、体調を崩すこともなかった。

もちろん、それは稲垣さんの天真爛漫な、幼女のように無邪気な人格がそうさせたのだろうと言えるだろうが、あたかも「必要は発明の母」と同じような仕組みで、否応なく背負わなければならなかった重荷や枷が、圧力となって、そうした尊い能力を開花させたのではないだろうか。

自分はまっすぐにくやしがることも面白がることもできない、失敗が怖くて物事に向かうことができない、人にどう思われるかが気になるというような意見に対して、稲垣さんはこう言った。

「もったいないじゃない。人のことなんて気にしていたら。だって、時間は1日に24時間しかないんですよ」

自分を鼻で笑い、批判する人が、自分の老後の面倒を見てくれるわけではない。
もし面倒をみてくれるのなら、それは気を遣うべきだろうが、そんなことは決してない。
だとすれば、そんな人のことを気にすることに尊い時間を使うほど、もったいないことはない。

自分の周りには、若い時から、人に対して影響力を持っている人がいて、そうなるためにはどうすればいいかという意見に対して、稲垣さんはこう言った。

「そんなの、自分がまっすぐにやっていればいいんですよ。自分が面白がってやっていればいいです」

吉祥寺「小ざさ」の前には今日も「幻の羊羹」を求めて夜明け前から列ができている。
40年以上、行列が途絶えたことは一度足りともない。
1坪で年商3億円と言っていたのは、少し前のことで、今は年商も更に伸びているという。
ティファニーよりも、アップルよりも坪単価が高い、世界最高の究極のビジネスモデル「吉祥寺小ざさ」。

こう結果を並べてみると、あたかも、マーケターやコンサルタントが企てが効いて実績が出たように見えないくもない。
数多のマーケティング理論の結果だと言われればそうかもしれないと思えてくる。

けれども、これらの数値は、すべて結果に過ぎないのだ。

苦痛であることを「面白さ」に変え、日常を積み重ね、「直感」と「合理性」を行き来しながら、ひたすらに究極の羊羹を目指したとき、そこに誰も見たことがない「アート」が現出された。

それは単なる和菓子ではなく、羊羹ではない。
「時」が凝縮された、秘宝ともいうべき究極のアートなのだ。

そのアートを求めて、人は夜明け前から列をつくる。
そこに行くこと自体、そして、並ぶこと自体がすでに喜びであって、それをみんなで食すとき、それはかけがえのないイベントと化す。

まずは24時間の尊さを知る。
すべてはそこから始まった―。

余談ではあるが、会が終わり、興奮冷めやらぬ天狼院で、稲垣さんに僕はこう謝罪した。

「稲垣さん、すみません。もう4年前から小ざさをNHKの朝ドラにするって言っていたのに、実現できてなくて」

稲垣さんは、幼女のように笑いながらこう言った。

「いいですよ。それにまだ早いと思っているんです」

その一言で、僕は何をたちどころに理解した。

私の物語はまだ終わっていないとその笑顔の奥の目がチャーミングに輝いていた。

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次回の「天狼院未来ラボ」は5月13日です。ベストセラー『覚悟の磨き方 超訳吉田松陰』/『未来記憶』著者の池田貴将さんをお迎えして、開催します。詳細・お申込み、こちらから。

 

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2015-04-29 | Posted in 未分類

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