池の水抜いてみた話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:関口 早穂(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
「じゃ、お姉ちゃんといい子にしてるんだよ。行ってきます」
ゆるふわに着飾った妹は、大学の友人との久々の再開を楽しみに結婚式に出かけていく。
その数分後
「もう勘弁して……」
ママが出かけ置いてきぼりをくらった1歳児は、間違えて栓を抜いてしまった防犯ブザーである。
けたたましい泣き声に、アパートの住人や近所の家に
「事件でも虐待でも何もないんですよ」
と心の中で言い訳をする。
もちろん姪っ子は可愛い。
しかし今日の私は、朝早いうえに体調があまりよくない。
こちらも泣きたい。
「あのね、11月の24日なんだけどね、その日は横浜で10時から友達の結婚式があって。お姉ちゃんの家は8時半には出ないと。」
「前日の夜に、お姉ちゃんの仕事が終わるタイミングと合わせて着くように出かけようと思って」
「ドレス、こっちからもっていくとベビーカーもあって荷物になるから借りてもいい?」
「娘はお姉ちゃんに見てもらって。2次会は出ないで、式だけで帰ってくるから」
話は何か月も前から聞いていた。こう文章で見返すと、まあワガママな妹であるが、私は状況を聞いて快諾していた。
子育てに追われている妹。今年から仕事にも復帰している妹。
本人は頑張っているし毎日大変なのだから、ここはお姉ちゃんが協力しよう。
実家で暮らしていたころとは違い、そう頻繁に会えるわけでもない。妹に会えることも、姪っ子に会えることも楽しみにしていた。
女子力とは器用貧乏のことであっただろうか。
なまじその力を発揮している自分を呪った。
朝が早すぎるあまり美容院は予約できなかったのだという。
早朝からヘアアレンジの相談に乗り、髪の毛を巻いて編み込みを入れる。
リボンのクリップで留めれば、まぁ美人。
素人にしては上手に仕上がったんじゃないか。
骨格や身長がほとんど同じ私たち姉妹。
ばっちり決まる形の、お気に入りのドレスは何着かある。
季節や気温、本人の趣味に合わせてクローゼットから選び出す。
時間との戦いもあるので、かばんや袱紗まで自動で妹の前に準備されていく。
結局靴のサイズも同じ妹には、お気に入りのエナメルのパンプスも貸すことになった。
自分が迷わないように、持ち物はもう骨格的にもカラー診断的にもバチっと来るものをお金も時間もかけて用意してある。
自分にはもう十分にある。
別に、それを貸す分には構わない。そう思っていた。
そして、子守だってなんとかやってのけられると思っていた。
お姉ちゃんは
先生やってるから子どもも得意で
どんな時でも頼りになって
オシャレで、洋服選ぶのもメイクもヘアアレンジも得意で、と
妹がそう思っているような。
年上なんだから、ちゃんとしなきゃ。
頼りになるお姉ちゃんでいたい。
自分で自分を苦しめていた。
でも、何のタイミングか。
今回ばかりはそれがきつくなってしまった。
思っていた以上に子守は大変だったこと。
自分の大切なものや時間を提供したのに感謝される間もなく、嵐のように帰っていった妹のこと。
どっと気持ちが落ちてしまった。
張っていた気持ちが切れたこと、
忘れていたが今日はそもそも体調が悪かったこと。
色んな事が重なっていたのは今になれば分かる。
自分の気持ちのまま正直に泣く1歳児に影響されてか、私も涙が出てきてしまった。
器用貧乏なお姉ちゃんは、誰に対しても馴染みやすい穏やかな池だ。
見た目は自然豊かでどんな水鳥も、魚も、昆虫もなんでも幅広く受け入れている。波風も起こらない。
だが池の底にある何かは滅多に表面に出すことができない。
池の水全部抜いてみたスペシャルをやらないと、本当の気持ちは出てこない。
慣れない子守を1日中。
8:30~16:00まで。
妹が働く会社の時短システムと同じ時間帯である。
今どきのベビーシッター代の相場はどのくらいのものなのだろうか。
美容院に行ったとしたら、ドレスや靴をレンタルしたとしたら
……労働力に換算したら、私は今日どのくらいの仕事をこなしたのだろう。
子守でぐちゃぐちゃになった部屋でひとり。
そんなことを考える自分に嫌気がさした。
夕日でオレンジ色に染まっていた部屋は、いつの間にやら冷たい白い街灯の光が差し込んでいた。
遅くまでやっている小さな居酒屋に、晩御飯定食だけを食べに出かける。
優しい灯りと味噌汁、焼き魚が胃袋と共に頭と心まで温めてくれる。
落ちていた気持ちが、ようやくすこし戻ってきた。
落ち着く。
いつも優しい店主夫婦が慰めてくれる。
「感情は自分で出して認めてあげないと、我慢しすぎて病気になっちゃうんだよ。」
私は今日自分がないがしろにされているみたいで悲しかった。
なんでもかんでもできるお姉ちゃんと思われてるのだって、苦しかった。
考えてみれば、もう子どももいて一足先に多くの経験を積み重ねている妹。仕事ばかりで忙しく一人暮らしをしている私よりも、人生経験においてはよっぽどお姉ちゃんだ。
そしていつかは妹を追って、私も人生の階段を上る時が来るかもしれない。
そんな時は人生の先輩である妹に、頼ってみるのっだって悪くない。
穏やかな池だって、定期的に水を抜いて底を見てみよう。
悪いものばかりが見つかるわけじゃない。
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