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趣味は、“気持ちコレクション”

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:庵 雅美(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
私は物心ついた時から気持ちコレクションをしてきた。大人になって、気持ちコレクションとは何かを言葉にしてみると、初めて体験する“感じ”について、それって一体何だろうと興味を抱き、よくわからないから、その“感じ“を心に保存しておくという行為のことだ。正直なところ、まだ思うような言葉にならない。
 
 
3歳くらいだったか、母とお風呂に入っていた時のことだ。
「なんか感じがする……」
湯船に浸かった私は、母にそう訴えかけた。手足の中に小さな粒みたいなのが動いているような、じわじわするような感じ……、そしてなんだか浮き上がるような感じがしたのだ。当時、それを言葉にすることはできなかった。
「気持ちいいのでしょ」
子供ながらに、求めていた答えとは違っているような気がしたのだが、あぁこれは、気持ちというものかと受け入れた。そこで、私の中では、初めて体験した感じを、心の中にとっておくことにした。
 
 
小学生くらいになり、切手や蝶の標本を見た。そして、コレクションという言葉を知った。私のは、気持ちコレクションだと思った。気持ちコレクションは、切手や蝶のように箱の中に整然と並んだコレクションではない。サンタクロースが持っているような大きな袋の中に雑多に放り込まれているようなイメージだ。目には見えない。友達に自慢できないのはちょっと寂しい気がした。
 
 
男の子と女の子の友達で取っ組み合いのケンカをする遊びをしたことがある。その時は、打たれて痛い感じや、打つ手が出ない感じをコレクションした。私は姉妹で、ケンカはよくしたが、打ったり蹴ったりはしたことがなかった。だからその時も、体が動かなかった。友達を見たら、上手くやっている。真似しようと思ったけれど、私は上手くできなかった。子供ながらに、男の子も女の子もなく、お転婆に遊ぶのってかっこいいと思っていたので、上手くできなくて引け目に感じた。でも、見ているだけで痛そうで、痛いのは怖いし、痛い思いをさせるのも嫌だった。もちろん、子供の遊びだとはいえ、打ったり蹴ったりは良くないことだ。今のご時世ではありえないことかもしれない。でも、今思い出しても、様々な感じが入り混じる複雑な気持ちをコレクションしたものだと思っている。
 
 

成長していくにつれ、初めて体験する気持ちは、ますます複雑な気持ちになっていった。単純な気持ちは体験済みだ。矛盾をはらんだような、わかりにくい気持ちに好奇心を抱くようになっていった。
 
 
私がアートや映画、文学が好きなのはそのせいだと思う。そこには複雑でよくわからない人間の感情や心理が、魂のさけびとして表現されている。新たな気持ちに出会える絶好の機会だ。擬似体験としてだが。
私がアートや映画、文学が好きなのはそのせいだと思う。そこには複雑でよくわからない人間の感情や心理が、魂のさけびとして表現されている。新たな気持ちに出会える絶好の機会だ。擬似体験としてだが。
 
 
大人になって、気持ちコレクションの袋はサンタクロースの袋というよりは、もっと粗野でワイルドな袋のイメージに変わっていった。気持ちコレクションは、子供の頃から、必ずしもポジティブな感じのコレクションとは限らなかったが、大人になると、ますますディープな色合いが濃くなり混沌としていった。今までにない体験なのだから、年齢に伴ってそうなってくるのも当然だ。たとえネガティブな感じだとしても、面白がって観察する視点を持てるのは悪くない。
 
 
人生も深まってくると、様々に思いがけないことが身に降りかかってくる。離婚をきっかけに再就職をした。結構な年齢になっていたし、企業の門戸は閉じていた。そんな中で、ありがたいことに、研究開発型の一風変わった小さな会社に縁を得た。新たな挑戦をするチャンスを怒涛のように与えられた。
 
 
「箸にも棒にもかからない」
「何でできない?」
「どお、最後のチャンスだよ」
社長は、褒めて挑戦させては罵倒の言葉を浴びせかけ、私の気持ちを逆撫でした。激しい悔しさと悲しさ、怒りで涙が溢れ出してくる。他人に煽られて、荒海のような激しい“感じ”になるのは初めての体験だった。もちろん、気持ちコレクション行きだ。しかし、この“感じ”をそのまま私の袋に入れるだけでは嫌だった。ここから始まる新たな“感じ”を生み出して、それも袋に入れたいという欲求が生まれた。私は最後の覚悟を決めて、自分がやるしかない仕事に死に物狂いで取り組んだ……。
 
 
気持ちコレクションは趣味だ。役に立たなくたっていい。たまにいつかのコレクションを引っ張り出して、「この感じって一体どういうことよ?」と不思議がりながら考えるのが面白いのだから。それまでは、そう思っていた。しかしその時、ようやく気がついた。気持ちコレクションは、新たな行動を起こす原動力となる良き習慣なのだ……と。行動と気持ちコレクションはセットなのだ。今まで内緒にしてきたけど、この趣味、悪くないかも。目に見えないコレクションだけど、いつか、皆さんに感じてもらえるようになることを目指して。そんな欲が出てきた。

 
 
 
 
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2020-01-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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