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アンガーマネジメントは0歳から始まっている《週刊READING LIFE Vol.63 2020年に読むべきBOOK LIST》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

あなたはアンガーマネジメントできていますか、と聞かれて、はい、と答えられるだろうか。
そしてそれは、いつ頃からできるようになったのだろうか。
 
アンガーマネジメントという言葉が流行り出したのはここ数年のように思う。最近はマインドフルネスに取って代わられた感もある。アンガーマネジメントにせよ、マインドフルネスにせよ、心理学の領域ではずっと前から取り組まれていたもので、流行に乗って一般向けの書籍が増えた、という印象だ。
 
私は自分としてはまあまあアンガーマネジメントできている方だと思う。何か書籍を読んだからというよりは、若い頃ろくでもない男に三股かけられた時、感情に任せて怒鳴り散らすだけでは何も解決しないと歯を食いしばった経験から来ている。怒りと目的を切り離し、両者を俯瞰して眺めて、どちらを取るのが自分にとってより有益なのかを選び取る。怒っても状況は改善しない、冷静に彼を問い詰めなくては。結局ろくでもない男とはどうにもならずに恋は終わったが、感情に任せて直情的に行動することを抑制するよい訓練にはなった。私の場合、アンガーマネジメントできるようになったのは、二十代後半といったところか。
 
怒りの感情を抑制することがアンガーマネジメントというのだと知ったのは、本屋ウォッチングで関連書籍を見た時だった。アンガーマネジメントという言葉を初めて目にして、手に取ってぱらぱらとめくりながら、今までの自分の人生を答え合わせして、「たいへんよくできました」の花マルをもらったような気分になった。周りを見回せば、友人も同僚もそれぞれ経験を積み、それなりにアンガーマネジメントできている人が増えてきている。やっぱり人間は感情をコントロールして理知的に事を運ばないとね。みんな、きっかけとなるような出来事があって、大人になっていったんだろう。アンガーマネジメントできることは、大人になることだ。そんな結論を出して、また一つ大人になったような気分に浸っていた。
 
だが実際のところ、アンガーマネジメントは、0歳からでも実践できるのだ。
今日は、私にそのことを気が付かせてくれた一冊の本を紹介したいと思う。

 

 

 

出会った頃の夫は、全くもってアンガーマネジメントできていない男だった。誰それが裏切った、店員の態度がなっていない、怒る理由を挙げればきりがないが、私なら大して気にしない、スルーすればいいやと思うようなことも、いちいち一つ一つに腹を立てていた。よくよく観察していると、決して理不尽に怒っているわけではないと分かるのだが、怒気あらわに邪険にしたり、怒りに任せて会食から立ち去ってしまったり、周囲が呆れるようなこともよくあった。怒れる夫を見て、付き合っていられないと離れていく人もいた。だが、夫は理由もなく怒るわけではないことを理解している友人が少なからずいたことは、彼にとって幸運なことだったと思う。
 
ただ、付き合っている私からすると怒れる夫は最悪だった。夫が酒席を飛び出していって、慌てて二人分のお金を幹事に渡して彼を追いかけるなどしょっちゅうだ。夫は怒りに任せて夜の街を走っているうちに酔いが回り、自分が何で怒っているのか分からなくなる。ただただ怒りの感情だけが残り、へとへとになって夫を見つけた私に当たり散らしてくる。罵声を聞き流して、予め買っておいた水を飲ませて、タクシーに押し込むか、酒席に戻るか思案する……。面倒くさいことこの上ない。最初はこいつアル中なんじゃないかと疑っていた。ただ、酒を飲んでいなくても怒る時は怒るので、アルコールというよりはアンガーマネジメントなのだな、と思い至った。本屋で見かけた書籍を思い出して、いくつか見繕って渡してみたが、本人はいまいちピンと来ていないようだった。
 
「怒ったら五秒待て、っていうけど、怒った瞬間は怒っているからそんなこと思い出せない」
 
まだアンガーマネジメントを習得していない頃の自分を思い出してみると、本を読み終えた夫の言い分も一理あるなと思ってしまった。私は夫自身がアンガーマネジメントを習得するのを諦めて、私の行動を変えることで、彼が怒る回数を減らすことにした。ただ、相手を怒らせない方法、という本はなかなか見当たらない。営業や商談の場でのテクニックはあっても、針のように鋭いプライドと感性、それでいてガラスのように繊細な、グラスニードルハートのパートナーの取り扱い方の本など皆無だった。恋愛関係や夫婦関係の本に書いてあることも大して効果はない。苦し紛れに見た、反抗期の子供に向けての対処を試してみると、いつもより夫の怒りが早く収まったような気がした。
 
そうか、彼は反抗期の子供なのか。
 
相手の言い分に頭ごなしに論破しないだとか、そんな内容だったように思う。何で怒っていたのかはもう覚えていないが、いつもとは違う私の態度に夫は怒りを収め、上機嫌で飲み直し始めた。それから私は結婚もしていないのに育児書を読み漁った。主に小学生の男児の扱い方の本だ。中学生くらいの反抗期や、未就学児の扱いの本も読んだ。時には幼稚園児、時には中学生と、その時の様子に合わせて対応を変えると、夫は少しずつ穏やかになっていった。これを甲斐性と言っていいのか分からないが、結果として私と夫は結婚し、息子が生まれた。それから少しして、大学時代からの親友から、本を出版したよと連絡が来た。
 
「旦那さんにも役に立つと思う。読んでみてね」
 
手渡されたのが「感情の問題地図~『で、どう整える?』ストレスだらけ、モヤモヤばかりの仕事の心理」(関屋裕希/2018/技術評論社)だった。学部生の頃から心理学を専攻し、修士、博士と進学した裕希ちゃん。心理の専門職に就いて、研究も続けていて、とうとう専門書ではなく一般書の発売だ!
 
親友の活躍が嬉しく読み始めた本は、次第に本腰を据えてじっくり読み進むことになった。技術評論社の「問題地図シリーズ」では、職場の様々な問題の原因と解決策を地図上に表している。自分が抱える問題が、地図の何丁目にあって、どんな解決方法があるのか、一目でわかるようになっているのだ。裕希ちゃんが書いた「感情の問題地図」では、怒り、悲しみ、落ち込み、不安を地図上に表し、それぞれの原因と解決方法を丁寧に解説している。例えば怒りは、「大事なものが傷つけられているサイン」なのだそうだ。怒りを感じた時の受け止め方。単に「五秒我慢する」だけではなく、もっと深堀りした解決方法。読んでいるうちに、裕希ちゃんが目の前にいて、相談に乗ってくれているような気持ちになってきた。旦那さんは、これこれが大事だったから、ああ言われたことが許せなかったんだよ。なるほどなあ。その後の対処は、育児書を頼りにしている対処と似通う部分も多かったが、何故そうしなければいけないのか、までは私は理解していなかったのだと気が付くことができた。怒れる夫にどう対処するべきなのか、その理由と具体的な方法がたくさんのっていて、裕希ちゃんは私のためにこの本を書いてくれたのではないかと錯覚した。
 
夫から見て、「感情の問題地図」を読んだ後の私の態度が変わったように見えたかどうかは分からない。だが私の中では劇的に変わった。彼が何を大切にしているのか、何を悲しんでいるのか、一つ一つ拾い集めていくのが面白かった。夫は仕事の行く先を憂い、家族を養う責任を案じていた。それならそうと言ってくれればいいのにと思わなくもなかったが、グラスニードルハートにとっては、妻に不安をこぼすことはとてもハードルが高いことなのだなと腑に落ちる部分もあった。ずいぶん穏やかになったと友人に言われる夫だが、それでも結婚生活の中で時々怒りを爆発させていた。その回数が、「感情の問題地図」導入以後、目に見えて減っていった。
 
夫の怒りの理解が深まると、次に気になるのは息子のことだった。夫の怒りには、仕方ないと思えるだけの理由があったが、怒りに任せて声を荒げたり暴れたりする行動はいただけない。息子が成長して、何かに怒りを感じた時、夫と同じように行動するようになってしまうのは、とてもよろしくない。何より夫自身も自分の怒りに苦しんでいるのだ、息子もその行動をなぞらえるようではいけない。まだ生まれたばかりなのだ、今から情操教育をすれば、怒りに呑まれるようなことはないのではないか。私はそう考え、乳幼児教育について情報収集をした。その中で、輝きベビースクールアカデミーを主宰する、伊藤美佳氏の考え方が気に入り、メルマガ登録や書籍を購入して勉強した。
 
伊藤美佳氏は、モンテッソーリ教育と多重知能理論を組み合わせた独自の育児論を説いていた。子供を厳しく言い聞かせてしつけるのではなく、子供の様子をしっかり観察して、集中してることにじっくり取り組ませる。そうすることで達成感や満足感が得られ、飛躍的に脳が進化し、自己肯定感も高まるとのこと。また、ティッシュを全部引き出すといった子供特有のイタズラは、子供が何かの能力を伸ばしたがっているサインなのだそうだ。イタズラをみて、何の能力につながるのかを考え、その能力を引き延ばせるようなおもちゃを用意してあげると、イタズラをしなくなる……。どのエピソードも、どのテクニックも面白く目新しく、私は夢中になった。100円ショップで材料が揃うおもちゃを手作りしてみたり、0歳のうちから息子にも意志や好みがある前提で話しかけたり、時にはわがままを言うのを許して、彼が満足するまでじっと待ったりもした。その甲斐あったのか、息子は母親の私から見ても、朗らかで優しい子に成長した。
 
息子は夫婦の仕事の都合で、保育園の一歳児クラスに入園することになった。まだ赤ちゃんめいた息子は母子分離に大泣きしたが、一ヶ月もすると慣れ、「ママいってらっしゃい」なんて言いながら手を振るようになった。お友達や先生の名前を覚え、給食をおかわりし、ダンスや歌を覚えて家で披露してくれる。小さな息子が、生まれて初めて家族以外の人と過ごす様子は、健気でいじらしかった。
 
年末になり寒さも本格的になった頃、息子は高熱を出し、丸々一週間お休みした。翌週の登園では、入園当初のように大泣きして、私から離れようとしなかった。まだ本調子じゃないのかな。後ろ髪を引かれる思いで仕事に向かい、いつもより少し早く迎えに行った。満面の笑みで出迎えてくれた息子に、安堵したような、申し訳ないような気持ちで帰りの支度をしていると、保育士さんの一人が声をかけてきた。
 
「今日、お母様が行かれてからしばらく泣いていたんですけど、お友達が励ましてくれて、うまく気持ちを切り替えることができたんですよ!」
 
保育士さんはニコニコ笑いながら、とても嬉しそうな声音でそう伝えてくれた。私はその光景を想像して胸が締め付けられた。泣き続けている息子を、同じ境遇の、同じくらいの年齢のお友達が励ましてくれた。息子はどれほど心強かっただろう。息子はそのおかげで、悲しみから抜け出すことが出来たのだ。うまく気持ちを切り替えられるようになって、だんだん成長しているんだな……。
 
あ、これ、アンガーマネジメントだ。
 
突然浮かんだ閃きに、私は衝撃を受けた。「感情の問題地図」では、悲しみは確か「大切なものが失われている状況」なのだと説いている。母とたった数時間別れるだけで泣いてしまう小さな息子が、母を失った自分の感情と折り合いをつける様子が、アンガーマネジメントのプロセスと重なっているではないか。こんな小さなうちから、人間は感情と向き合っていっているのだ。今は息子はまだ二歳だから、泣いてしまっても許される、時間をかけてその感情から気持ちを切り替えるまで待ってもらえる。だが、もしこのまま感情とうまく向き合うことができないまま大人になってしまったとして、泣いている時間を待ってもらえるだろうか? プライベートは分からないが、仕事の場面で泣いてしまっても、待ってはもらえないだろう。大人は、感情との向き合い方も、ある程度成長していることが求められている……。
 
そう思うと、夫が怒りに任せて粗暴なふるまいをしてしまうのは、夫が怒りと向き合う面で、まだ成長の余地があるのだ、というように思えた。だからこそ、まだ「感情の問題地図」と出会う前の頃から、育児の方法で夫に接することが有効だったのだ。ならば逆に、息子の育児においても、「感情の問題地図」は使えるのではないか。伊藤美佳氏の輝きベビーの考え方も素晴らしいが、何故息子が泣いているのか、悲しいのか、怒っているのか、そこにもっと寄り添ってあげることで、息子は自分の感情としっかり向き合えるようになるのではないか。
 
その日から、私は息子の怒りの感情と向き合うようにした。何故怒っているのか、しっかり受け止めて、これが辛かったんだね、と語りかけるようにした。すると息子は、そうなの、悲しかったの、とぽつぽつ話すようになってきた。泣き叫んでいる時も、その理由をきちんと話してくれるようになったのだ。たった二歳でも、自分の感情と向き合うことが出来ることを目の当たりにして、私はただただ感動していた。
 
0歳からでも、アンガーマネジメントはできるのだ。
あなたもぜひ、「感情の問題地図」を手に取ってみてほしい。

 
 
 
 

◽︎吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

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