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お節介バトンは続くよ、どこまでも


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:神東美希(ライティング・ゼミ 冬休み集中コース)
 
 

「そういや、あいつ、今頃どこで何してるかな?」
 
 
ふと頭をよぎったのは、韓国で出会ったTという男。
 
 
2005年、私は韓国のとある地方都市にいた。
その数年前から韓国語を勉強し始めた私は、趣味が高じて留学したのだ。
 
 
日本人留学生は私を含めて二人しかいない大学だった。
 
 
カタコトの韓国語しか話せないまま、韓国人だらけの寮生活が始まった。
 
 
ただでさえ共同生活は苦手なのに、5つも6つも年下の女子たちとの4人部屋。
これが想像以上にカオスだった。
 
 
いつも大声でギャーギャー。何を話しているのかさっぱり分からない。
狭い部屋に友だちをたくさん呼んで、夜中までお喋り。眠れやしない!
汚しても片づけない。部屋は散らかりまくり。
 
 
極めつけは、
私のポテトチップスを無断で食べやがった! (しかも入寮2日目)
 
 
「私のポテチ食べたの誰やーー、返せーー!!」
と怒りたいのはヤマヤマだが、韓国語が出てこない。
気持ちをグッと押しこらえるしかなかった。
 
 
誰一人の知り合いもいないこの場所で、自分の気持ちを言葉にできない辛さ。
 
 
「とんでもないところに来てしまった……」
 
 
入寮3日目にして強烈なストレスに追い込まれていた。
 
 
授業に出てもすべて韓国語。日常会話もままならないのに、理解できるわけがない。
休み時間も一人ぼっち。
 
 
居場所のない私は、当てもなくキャンパスを徘徊した。
そして構内で一番静かであろう場所にたどり着いた。
 
 
そこは図書館。
 
 
難しい本はチンプンカンプンなので、漫画コーナーへ。
日本の漫画の韓国語版がたくさん置いてあった。
 
 
「スラムダンク」を見つけて嬉しくなった。絵だけを追いながら夢中で読んだ。
小一時間ほど経っただろうか?
 
 
ふと対角線上に目をやると、一人の男子学生がこちらを見ていた。
目が合うと、こちらに近づいてきた。
 
 
「ねぇ、さっきの授業にいた日本人だろ?」
「それスラムダンク? 俺も読んだよ。面白いよな」
 
 
それがTとの最初の出会いだった。
 
 
どうやら同じ授業を聴いていたらしく、日本人珍しさに声をかけてきたのだ。
 
 
早口すぎて何を言っているかまったく分からずキョトンとしていると、紙にハングルで自分の名前を書いてきた。
 
 
そのあとも何か話しかけられ続けたが、ほとんど会話が噛み合わない。
業を煮やしたTが紙に何か書いた。
 
 
〇月〇日 〇時 〇〇駅、1番出口。010-××××―×××(携帯番号)
 
 
「俺がソウルの街を案内してやるよ、絶対来いよ!」
 
 
断っておくが、これは甘く切ないラブストーリーでも、熱い友情物語でもない。
 
 
思えば最初から上から目線だった。聞けば私より3つも年下ではないか。
上下関係を重視する韓国では、年上の友達には丁寧語を使うのに、なぜかTはタメ口だった。
 
 
翌日、Tに連れられ大都会・ソウルへ。
どこへ行くのかと思えば、おじいちゃんたちの溜まり場の公園。
 
 
近所の屋台でトッポキ(甘辛いお餅風おやつ)や韓国式おでんを買い、座って食べる。
特に何をするわけでもなく、行き交う人々や風景をただボーっと眺めるだけ。
 
 
「お金を使わずに遊べる方法さ! ディープコリア!」
 
 
Tがちょっと誇らしげに言う。
このあたりは実家が近く、彼のテリトリーらしい。
 
 
そのあとも出身の中学校や近くの商店街に案内された。
 
 
メジャーな観光スポットに連れて行ってくれるのかと期待していた私は、拍子抜けしてしまった。
 
 
しかし、意外にこれが楽しかったのだ。
Tは相変わらず早口で、言っていることの3分の1も聞き取れなかったが……。
 
 
自分一人じゃ絶対にたどり着けない場所。普段の暮らしが垣間見える場所。
まさにディープコリアだった。
 
 
念を押しておくが、Tと会うのはこれが2回目だ。
「もしかして私のこと好きなのか?」と勘繰りたくもなったが、とんだ思い違いだった。
 
 
あとになって分かったのだが、Tは韓国人の典型のようなヤツだった。
 
 
韓国人は「ウリ(私たち)」という集団意識が強い。
一人でご飯を食べたり、行動したりするのを好まない人が多いように思う。
 
 
多くの友人が毎度「ご飯食べた?」と聞いてくるのだが、これは彼らにとって軽い挨拶(安否確認のようなもの)にすぎない。
 
 
しかし「まだ食べてない」と答えようものなら、「じゃあ一緒に食べよう!」となる。
 
 
食事は誰かと一緒にするもの。
「一人なんてかわいそう。放っておけない」というのだ。
 
 
なるほど、これでTのとった行動が理解できた。
 
 
私が知る韓国人の中でも情に厚く、義理堅く、お節介焼きなTのことだ。
よほど私が寂しそうに見えたのだろう。
 
 
それ以来、私はTとつるむことが多くなった。
顔の広いTを通して、男女ともに交友関係が広がり、留学生活が楽しくなっていった。
 
 
Tとその友だちのおかげで、私は「ディープコリア」をたくさん体験した。
 
 
初めて行ったチムジルバン(韓国版スーパー銭湯)。
お風呂から出たあと、羊の角のように頭にタオルを巻く。
 
 
そしてシッケ(甘酒のような飲み物)とゆで卵を食べながらお喋りしたり、寝転がったりして一日中を過ごす。
 
 
この「韓国スタイル」を教えてくれたのもTだった。
それ以来、私はすっかりチムジルバンにハマり、一人でも通うようになった。
 
 
Tがいつも言っていた。
「俺は生きた韓国語とディープコリアをミキ姉に教えてあげているんだ!」
 
 
確かに、辞書には載っていない若者言葉やスラングをよく教えてくれた。
Tから習ったスラングを寮のルームメイトに使ってみると
「キャー! そんな言葉どこで覚えたの?」とビックリされることもしばしば。
 
 
「ミキ姉はおばさん、不細工! 韓国語も下手くそ~!」
そうやっていつも私を小バカにしていたT。失礼極まりないヤツだ。
 
 
しかし、Tのおかげで私の韓国語はメキメキと上達した。
「あんたTだって頭悪いし、性格悪いし、短足やん!」と言い返せるまでになっていた。
 
 
留学して半年が過ぎた頃。
友人たちから「ミキはもうすっかり韓国人だね!」と言われた。
私にとってはこの上ない誉め言葉だった。
 
 
実はTから学んだのは「ディープコリア」だけではない。
 
 
新天地で大事なのは最初に出会う人だということ。
鳥の刷り込み(ヒナが初めてみたものを親だと思うこと)のようなものだ。
 
 
知り合いもおらず、右も左も分からない頃に親切にしてくれる人って本当に有り難い。
Tの場合ちょっと暑苦しいくらいだったが、なかなかいいヤツだったのが救いだ。
 
 
あれから15年。Tとの連絡もすっかり途絶えてしまった。
 
 
今となっては私がお節介おばさんになっている。
 
 
新しい環境では、誰だって最初は苦労する。自分が経験したから分かるのだ。
そういう人にはつい声をかけてしまう。あれこれ世話を焼きたくなる。
 
 
お節介はリレー方式だ。
 
 
私はTからお節介のバトンを受け継いでしまったのだろう。
 
 
Tには直接恩返しできなかったが、受け取ったバトンは確実に別の誰かに渡っている。
そのバトンもきっと次の誰かへ……。
 
 
あの頃言えなかった言葉。
 
 
「Tよ、ありがとう。あんたが最初にできた友達で本当によかったよ」
 
 
今もどこかで幸せに暮らしていることを祈っている。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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