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メディアグランプリ

拝啓 黒田様 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:森 由貴(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
お元気でいらっしゃいますか?
あなたと最後にお会いしてから3年経ちました。あの日のパリも寒かったですね。
 
パリに赴任してまだそれ程日が経っていなかった頃、私は前任者に連れられて、初めてあなたのお店に伺いました。
「パリで和食や日本酒の普及に携わった第一人者でものすごい人だから、くれぐれも失礼のないようにな」
前任者から事前にそう言われ、とても緊張していたのを覚えています。お店に行くと、カウンターにエプロンをした初老の男性がいました。それがあなたでした。
「いらっしゃい。せっかくだし、あっちに行こうか」
あなたは道向かいにあるバーへ案内してくれましたね。バーに入ると、そこは日本の酒屋かと思うくらい日本酒がところせましと並んでおり、その中の1本を手に取ると、
「まあ、一杯」
とワイングラスに並々と注いで私たちに振舞ってくれました。アルコールが飲めない私はその日フラフラになって帰りましたけど。
ちょっと怖そうだけど不思議なおじさん、それが私の第一印象でした。
 
あなたは大臣クラスの通訳をするくらいのトップレベルの通訳者でありながら、自分の趣味でパリに高級日本食材のお店をつくってしまうというかなり破天荒な人でしたね。いつかの時に、高校時代に先生を殴って退学になり、その後アフリカに行ってフランス語を勉強し、そのままフランスに住み着いたと笑いながら話してくれました。まだあなたが若かった時代、日本人が海外に住んで仕事をすることはきっと容易ではなかったでしょう。あなたはすべてをゼロからつくってきたのですね。あれだけ多くのフランス人にリスペクトされている日本人は、先にも後にもあなたしかいないと私は思っています。
 
フランスのこともパリのことも全く知らない私は毎日が勉強でした。昼休みや仕事終わりにはひたすらあなたの店に通い、仕事の話や和食や日本酒のこと、パリの流行や食べ物のこと、とにかくあなたから出てくる言葉をひたすら拾い、調べ、見たり食べたりしていました。トップクラスの通訳者の前でど下手なフランス語も話していましたね。あれでも必死だったのですよ。
 
あなたは最初よそよそしい感じでしたが、実直に通う私に根負けしたのか、率直に何でも話してくださるようになりましたね。顔を見ると、「よお」と言って日本酒出してくれましたね。私もどんどん図太くなり、「今日は飲めません」と言えるくらいになっていました。
あなたのおかげで私はものを見る目が養われましたよ。何でも良いものを選ぶことが少しずつ出来るようになっていきました。あなたから知識を得ると同時にセンスも学んでいたのでしょう。フランス人のお客さんがいると一緒に混ぜてくれ、私の仏語も段々上達していきました。そのおかげで、フランス人が何を好きで、関心が高いか、会話や経験から学ぶこともできました。これはマーケティングの仕事にとても役立っています。
日本にいたらできないような経験もたくさんさせてもらいました。すべての経験が私の糧になっています。あなたは直接的に教えることはしませんでしたが、自分でやって覚えていくということを私に教えてくれました。
 
2016年4月、あなたは突然片耳が聞こえなくなったと病院に行きましたね。その時の精密検査でガンが見つかったと数日後、話してくれました。8月には関係者の方々に公表し、奥様にお店を任せられました。少しずつ痩せていくあなたでしたが、調子が良いときはお店に出て、相変わらずたばこを燻らせていましたね。少しずつお会いできない時間が増えていく中で、僅かでもお話できる時間が私にはとても大切でした。
 
その年の11月、私の上司達がパリに出張があった際に具合が悪いにも関わらずお店に出て対応をしてくださいましたね。その時、いつもはしない私のことを話し始めてとても驚きました。あなたは笑いながら言ってくれました。
「最初にパリに来たときはどうなることかと思っていましたが、ここまでよく頑張って、いっぱしのもんになりましたよ」
私はその言葉を聞き、上司達の目の前にも関わらず、涙を止められませんでした。これまであなたに今まで叱られることはあっても一度も褒められたことはありませんでした。あなたに認められることがどれだけ嬉しいことだったか、私のパリでの4年間は無駄ではなかったのですね。
 
けれども同時に私は、もうあなたに会えない予感がしました。あなたもそう感じていたのでしょう。だから最後にあの言葉を言ってくれたんだと思います。
 
私があなたの訃報を聞いたのは出張先のイスラエルのテル・アビブにいた時でした。その時の私は何とも言えない喪失感に襲われ、その場に崩れそうでした。
3月の私の帰国前には何とかもう一度会えるのではと望みをもっていましたが、それが叶わなかったことがパリでできなかった唯一の心残りです。
 
あなたが亡くなって3年。私が恩師と呼べる人は黒田さん、あなただけです。パリで黒田さんに会わなければ今の私はなかったでしょう。
あなたは教えてくれました。仕事は自分から動かないとダメだと。そしてやる時は信念を持って全力でやれと。あと、日本酒も飲めるように練習しろと。
ただ、日本酒は相変わらず飲めるようになっていません。
 
私は今、黒田さんに胸を張れるような生き方、仕事の仕方をしているでしょうか。
私があなたの背中に追いつくまでにはまだまだ修行が必要なようです。
いっぱしのもんになれるよう見守っていてくださいね。
 
敬具
 
私が書いた文章を見て、あなたはきっと言うでしょう。
「まだまだだな」
 
 
 
 

***
 
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2020-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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