メディアグランプリ

時空を超えたラブレターのすすめ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:hikari(ライティング・ゼミ 冬休み集中コース)
 
 
「どうしよう……、いつに行こうか?」
ひとしきり悩んだ私は、やはり“あの時しかない!”と心を決めた。
 
「あの時が、人生で最大に苦しかったんだ、あの時代に行かなくていつの時代に行くってんだ」
 
ある陽だまりの日、森林浴ツアーに申し込んだ私は、集合場所へと向かっていた。スマホや電子機器に囲まれた生活に、ほとほと疲れ切っていた。
 
自身で起業をしてから1年あまり、思うように成果が出ない毎日だった。知り合いのカウンセラー仲間は、セミナーの募集をかければ、すぐに“満員”になっている。私はと言うと……、募集をかけてもほぼゼロに近い。ブログやSNSをチェックしては、“いいね”の数を比べて落ち込む日々だった。
 
“デジタル越しに見える世界”にも、“現実”にも、うんざりしていた。
 
集合場所に待機していたシャトルバスに乗り込み、木々が重なり合う森のトンネルへと入っていく。窓を開ければ、新緑の香りが鼻をくすぐった。
 
辿りついた先には、普段の生活とはかけ離れた景色が広がっていた。木々の隙間からは、太陽の木漏れ日が差し込み、鳥のさえずりや、葉がこすれる音がダイレクトに耳に入った。
 
「あぁ~、癒される~」
森の中は白く霞んで見えた。
 
山のガイドさんの案内で、森の中へと足を進める。
「では、ここで大きな深呼吸をしましょう。この白く霞んで見えるのは、“フィトンチッド”と言って、樹木が発散している香り成分の一種です。マイナスイオン効果をたくさん含んでいますから、よりリラックス効果がありますよ」
 
私たちは、木々がまだらになった広場に足をとめた。落ち葉の上に、持参したヨガマットをひき、仰向けになって寝転ぶ。
 
「目を閉じてみてください。耳から聴こえてくる自然の音を感じながら30分間、森と一体化してみましょう」
ガイドさんのスタートがかかり、ゆっくりと目を閉じた。
 
マイナスイオン効果に心底リラックスした私は、ウトウトと夢の中へ迷い込んでいった。
 
落ち葉が敷き詰める木々の間にひとつの扉があらわれた。
 
まるで、どこでもドアのようだ。
 
『過去へと続く“ドア”です。あなたが行きたいと願った過去へ一度だけ行くことが出来ます。心の中で強く願い、ドアを開けてください。あなたにとって最善の過去への旅となりますように』
と、書かれてあった。
 
そのドアの前に立った私は、
いつの時代へ行こうか、と真剣に考えた。そこに、疑いや怪しさは存在していなかった。
 
そして、冒頭のセリフへと戻る。ひとしきり悩んだ私は、心を決めた。
 
「あの時の自分に会いにいきたい!」と心で強く願い、ドアの取っ手を握りしめた。
 
すると、みるみるうちに体は無重力状態となり回転した。
気が付けば、私は病院の待ち合いにいた。
 
「どういう教育を受けてきたのか、親の顔が見てみたいわね! あなたもう30歳なのよ、恥ずかしくないの? こんな事もできないなら、もう人間やめれば?」
受付から、待ち合いにまで怒号が響いてくる。
 
あの声は、お局上司の声だ!
鼻をつく消毒液の臭いと、この風景。ここは昔に勤めていた職場だとすぐに分かった。
 
待ち合いから受付を覗くと、当時の若かりし自分が見えた。上司を前に、肩をすくませ、縮こまっている。この光景はほぼ毎日の出来事だった。
 
涙をこらえ、トイレに駆け込む当時の自分を追いかける。ここへやって来た私は、透明人間のように、たやすく空間を移動できるようだった。
 
追いかけてきたものの、何と声をかければ良いのか……、わからなかった。この時の自分は、一体何を感じていたのだろうか。自分のことなのに、分からなかった。
 
『過去の自分の最大の理解者は、現在のあなただ!』
トイレの壁に貼られた、ポスターが目に入った。
 
そんなことを言われたって、分からない。過去の自分が、どうすれば救われるのか、かける言葉が見つからない。
 
『この時の自分を救いに来たんだろう? 伝えたいことはないのか?!』ポスターの文字が変化する。
 
そうだった! どうしてもこの時代の自分に会いに来たかったのだ!! どうしようもなく辛かった日々に希望を見出すだめに、やって来たのだった!
 
「ねぇ、私は未来のあなただよ。未来からやって来たの。どうしても、あなたを助けたくて会いに来たよ」
 
「今、とっても苦しいよね。死んじゃいたいって思っているよね。だけど、諦めないで。未来の私は、幸せにやっているよ。その嫌な状況はもう少し続くかもしれない。だけど、今よりもずーっと幸せで、やりたい事も出来ている未来があるから、悲観しないで」
この声は届いているのだろうか。
 
トイレで声を抑え泣いている当時の私に、変わった様子はない。
 
「だから、どうしても“ありがとう”って伝えたくて。今のあなたの頑張りがあったおかげで、私はやりたい事を見つけられたんだよ。同じように苦しい思いをしている人が少しでも減るようにと、心の勉強をしたんだよ」
 
透明人間の私の目からこぼれ落ちた大粒の涙が、泣いている私にそっと落ちる。気が付けば、当時の自分を思いっきり抱きしめていた。
 
体に触れると、当時の自分の感情が流れこんできた。
“目立つと、余計に標的にされる。だから大人しくして何事もないようにやりすごさなきゃ……。泣いた顔も悟られないように、早く仕事に戻らないと”
 
この時の自分は、そんな風に感じていたのか、とハッとした。
 
そのときだった。トイレのドアから眩い光が差し込んできて、一気に現実の世界へと意識が引き戻された。
 
木々の葉がこすれる音が聞こえ、新緑の香りが鼻をくすぐる。
 
「さぁ、そろそろ時間ですよー。手足を動かしてゆっくりと起き上がってきてください」
 
「あぁー、気持ちよかったわね」「わたし、寝てしまってたよー」周りから声が聞こえてくる。
 
私は、まだボーっとしていたが、心はスッキリとしていた。
 
「みなさん、森を感じることが出来ましたか? いつも、自然はこのように私たちに語りかけてくれています。何か気づいたことはありましたか?」
 
気づいたこと、と言えば……、
“目立つことを恐れていては、何もできない!”という事だろうか。過去の自分を励ましに行ったつもりが、逆にヒントをもらったような気分だった。
 
目立つと、また同じような嫌な目に遭うのではないか、と心底では思っていたのかもしれない。だからこそ、業績も上がらなかった。上げないように、必死にブレーキをかけていたのかもしれない、と気づいたのだ。
 
未来へ続くドアが、開いたような気がした。
 
恐れていたものの正体がわかれば、怖いものはない。しかも、私にはあんなに頑張ってきた過去の自分がついているのだから。
 
過去の自分を救う何よりの方法は、現在の自分が満たされることなのかもしれない。
 
帰宅した私は、改めて『過去の自分へ贈る手紙』を書いた。これは、カウンセリングメニューの1つとなった。
 
時空を超えてラブレターを贈れるなら、あなたは何歳の自分に宛てるだろうか。
 
例)“拝啓、ひかり様。35歳のあなたより”
 
 
 
 
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2020-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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