365日、祭りはできる 《 通年テーマ「祭り」》
記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
このままでは、殺される。新宿区民税の納付書を見て思った。
2019年春のことだ。確定申告で利益が多くなったため、金額が倍になっていた。
区民税が倍になるということは、ほかのものも倍になる。
国民健康保険、そして、個人事業主税。みんな倍だ。可処分所得も増えただろうと
思いきや、去年の繰り越しも多く余裕はなかった。いきなり、不安定な神輿に乗せられたような気持ちだった。しかも、その神輿の高さがグーンと倍になったのだ。
明日はどうなるかわからないのに、なんだ、この高さは。
広告会社を辞めて7年目。TVCMを企画したり、グラフィック広告のコピーなどを書いたりしながら、個人事業主として細々とやってきた。受注産業だけに不安定位の極みで、いい年も悪い年もあった。資料費が多めにとれる余裕のある時もあれば、請求が滞り、カードローンのお世話になる年もあった。ちょうどいい生活というものはなく、
極端なのだ。今回の税金の上がり方のように、上がれば上がるほど、不安にもなった。
いや、不安というより、恐怖が押し寄せていた。
来年は、もっと高い神輿にのせられる。そういう恐怖だ。
税金は何倍になるんだろう。2019年春、想像を絶する自分バブルが来ていた。
1月から3月の四半期で、もう、前年の売り上げを越えてしまっていたのだ。
あと9ヶ月。売り上げはどこまで伸びるのだろうか。喜ぶべきことのはずだが、
限度を超えていた。いくらの軍艦巻きが無限にでてくる回転寿司のようなものだ。
止めようとしても、止まらない。進むしか、ない。ありがたいことに、取引先がどんどん増えていた。1日に4つも5つもの打ち合わせがあり、新しい仕事がぐんぐん進んでいた。わっしょい、わっしょい。不安定な神輿はぐんぐん進み、どちらかというと、常にカーブを曲がっているだんじりみたいになっていた。
「この売り上げでは、会社にしないときついと思いますよ」
確定申告を手伝ってもらった税理士さんに言われた。
今年の売り上げだと、個人事業よりも、法人事業の方がメリットが多いという。
会社、考えたこともなかった。起業、想像したこともなかった。
前職を辞めたときから、細々と個人事業主としてやっていこう、と思っていたのだ。
いや、それすら思っていなかった。たまたま、キャッチコピーを書く仕事がきたから、
そのあと、仕事が続いたから、やっているだけだった。本当は、広告の仕事を辞め、
何かあたらしいことをやってみたかったのだ。そのはずが、起業か。よくわからなかった。しかも、志のある起業ではない。
「個人事業主だと、税金で苦しくなる」
その一点で起業するのだ。
恥ずかしい話だ。
「日本を○○にしたい」「世の中を変えていきたい」
そんな素敵な起業家が志を語った記事を目にしない日はない。
ソーシャルなビジネス全盛の今、私は、自分が生き残るために、ビジネスを興そうとしているのだ。でも、理念がないことを気にしている余裕はなかった。
その間にもどんどん仕事が決まり、売り上げは前年比の120%を越えた。
露天でいいと思って始めたことが、気づけば神輿になり、だんじりになり。
起業、それは、不安定なだんじりから自分を少しだけ楽にしてくれる、山鉾のように思えた。山鉾の端っこに乗れば、少しは楽になるんじゃないか。
とはいえ、時間に余裕がなかった。企画や制作を仕事にしているので、コミットする時間は多い。どうしても事務作業に使う時間をおろそかにしてしまう傾向があった。
そんな私でもできるように、と、紹介されたサイトが「会社設立を一人でやってみよう」
というコンセプトのサイトだった。フローがあり、15くらいの工程があった。
ちょっとびっくりしたが、ひとつひとつ辿っていけば、なんとかなりそうだ。
1日、1工程を目標に進めた。まず、電子定款というのを定めなければならなかった。
定款とは、会社の商号、目的、機関設計、根本規則などを書いたもので、いわば会社の骨組みみたいなものらしい。そのための必要事項を打ち込むところから始まった。役員の構成を決め、資本金を決め、必要書類を区役所に取りに行く。会社名は、自分の名前をつけた。どうせ、一人だ。役員も自分だけだ。このへんは気楽なものだったが。ある事実が判明した。登記場所はどうしよう。法務局に届け出ることができる、本店の所在地をどこにしようかという話だ。自分は、賃貸暮らしであり、この部屋は住宅用に借りたものだ。大家さんに「登記させてください」とは言えなかった。どこにしよう。そんなとき、友人が助け舟をだしてくれた。なんと、銀座に格安のシェアオフィスがある、というのだ。さらに、登記もOKだという。シェアオフィスは、便利だが、会社の登記はNGのところが多かった。
さっそく飛びついた。入居の面接をクリアし、登記できることになった。これでやっと電子定款を作ることができた。会社の目的、業務内容などは、ほかの広告会社を参考にしながらあてはまるところ、あてはまらないところ、を整理していった。TVCMの企画制作、WEB動画の企画制作、グラフィック広告の企画制作、Webサイトの企画制作、イベントの企画制作、などだ。ひとつだけ、全然違う、新しい業務を入れた。それはのちほど書いてみようと思う。定款ができたら、公証人役場、というところに行き、会社の定款を認証してもらった。
「可能株式会社さま」
初めて会社の名前を呼ばれたとき、なんのことかわからなかった。
個人から法人に生まれ変わり始めるときだったが、あまり実感はなかった。
5万円ほどの費用を払って、定款お認証は終了。次は会社の印鑑を作る。ネットで調べると、会社の印鑑はピンキリだった。チタン製の高級なものから、シンプルな2500円ほどのものまで。こだわりたかったが、シンプルなものを選んだ。これも時間がなかったからだ。印鑑はだいたい3点セット。社印と銀行印、実印、と言われても、何がなんだかわからなかった。とにかく、一般的なやつ、ということで、作った。
次に、資本金があることを証明するために、個人口座にお金を入れる。
この口座のコピーと、印鑑、定款、各種証明書類などを持って、法務局に登記の
申請に行った。
「会社設立なんて、楽勝じゃん」と思ってほっとした。
2019年5月30日、可能株式会社設立。
代表取締役 山本可能 になった。
だんじりから、山鉾に乗り換えて、ホッとした。
さあ、名刺とwebサイトの作成だ。やるぞ。と思った瞬間に、難問が降ってきた。
「会社の内容や実績はわかりましたが、シェアオフィスはちょっと」
その銀行員さんは、渋い顔をした。そのほかの銀行も同じだった。
なんと、銀行口座の開設にあたって、シェアオフィスであるということが障壁になるとは。思いも寄らない展開に驚いた。なんでも、最近、ペーパーカンパニーであるかどうかのチェックが厳しくなったのだという。
山鉾に乗り移った気ではいたが、振り落とされそうだ。
「一度オフィスを見せてください」
結局、3行オフィスに来てもらって、2行は落ちた。
口座が作れたとき、ああ、やっとこれで会社になったな、と思った。
が、しかし、まだ山鉾に乗れたとは言えなかった。社員が一人入ることになったのだ。
業務内容は、まったく新しいものだった。結婚相談だ。
6月に結婚した妻の仕事を会社に組み入れたのだ。
いまどき、広告制作会社だけでは不安だ。その気持ちがあり、参画してもらった。
さあ、今度は、社会保険周りだった。国民健康保険から、会社の社会保険へ。
つまり、国民年金が厚生年金になる、ということでもある。
国民健康保険と国民年金を完済する。それから年金事務所に行き、必要な書類を提出した。会社というのは、保険や年金を半額負担する。人の保険を負担してみると、ますますその大きさがわかった。給料以外にこれも払い続けるのか。
山鉾の土台をしっかり作らないと、大変なことになるな。
この間にも、仕事は増えてきた。といっても、社長兼広告制作スタッフは自分しかいない。外部の会社さまと組んで、クライアントの納得する制作物を作らなければならない。
手続きは24時以降に作業する。朝から24時までは、企画業務にあてる。こんな日々が続いている。
年末年始ももちろん稼働中だ。年をまたぐ宿題も3つほどある。
正直、趣味の時間もあまりとれなかったし、楽しめなかった。休憩も休みの日も、不安でいっぱいだった。遊んでいても、心から楽しめなかった。趣味のDJも準備不足で、満足なプレイのできない日もあった。
だんじりから山鉾に移れるのか。とか言っておきながら、祭り感のない年だった。
結婚したと言っても、結婚指輪も買えなかったし、結婚式もしなかった。
新居にも移れなかった。
時間のなさにかまけながら、来年、再来年の仕事はどうなるのか。不安のまま新年を迎える。
しかし、暮れの挨拶をしていて、気がついた。
「ありがとうございます。今年も大変お世話になりました」
「ほんとうにありがとうございました」
1日で数十名の方とメールや電話でやりとりし、「ありがとう」をいうことができた。
まてよ。2019年の自分て。
「作業ありがとうございました」
「プレゼンありがとうございました」
「見積もりありがとうございました」
「電話会議ありがとうございました」
「印鑑証明の発行ありがとうございました」
「オフィス見つけてもらってありがとうございました」
「登記できてありがとうございました」
「口座開設ありがとうございました」
「打ち合わせありがとうございました」
「アイデア採用ありがとうございました」
これほど、「ありがとう」を言った年があっただろうか。
祭りとは、そもそも、神に感謝し、祈願するもの。
そうだ、2019年は「ありがとう」を言う、日々そのものが、まさにお祭りだったのだ。
時間のなさ、余裕のなさにかまけて見失っていた。
新しい家族に「ありがとう」を言って、2020年をスタートしようと思った。
◻︎ライタープロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)
東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーの広告クリエイティブディレクターに。 大手クライアントのTVCM企画制作、コピーライティングから商品パッケージのデザインまで幅広く仕事をする。広告代理店を退職する時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。5年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持つ。天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演
http://tenro-in.com/event/103274