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メディアグランプリ

白骨のお面


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:榊原豊晴(ライティング・ゼミ特講)
 
 
恐ろしく、白く美しい灰だった。
灰の塊は、綿菓子に太陽の光が1本1本、刺し透けてしまうかのような、透明感が広がっていた。
大きい塊の灰、小さい塊の灰、粉のようになった灰……。
大理石で囲まれた静まりかえった空間の中、静かに終わった人生を歌っているかのようなお面の口が、崩れながらも、そっと置かれている。
まだ、熱を帯びている真新しい父の姿は、何やら喜んでいるようにも見えた。
 
「なんだ、てめえ、ふざけやがって!」
暑い盛りの2019年7月。体中のあらゆる血という血が、沸騰する感覚を覚えるほどの怒りが湧き上がった。
 
「抗がん剤が効かなかった」
「免疫治療もだめだった」
「何でこうなったんだろう」
「何で緩和ケアの先生に会わないといけないんだ」
病院のベッドの上で、上半身を起こしながら、マシンガンのようにマイナスの言葉を撃ちまくる父。
それに応戦する息子の言葉は、完全に見切られており、全ていなされていく。更には、マイナスの言葉を撃ちまくってくるのだ。
父と息子の生活はラッシュアワーのようなものだと常々思っていた。どこを押された、ここが当たったなど、お互いの主張だけをぶつけ合っている。
 
「残された人生の時間を、生き生きと生き抜いて欲しいんだよ!」
そんな小っ恥ずかしいと思い込んでいる言葉をゴクリと飲み込み、大砲を打ち込む。
 
「だったら肺を全摘しちまえばいいじゃん! 楽になるよ!」
「なんだ! てめえ! ふざけたこと言いやがって!」
怒りにまかせて、病院中に大音量の音痴な2人の歌が響き渡る。その響きは、あまりにも醜かった。
 
実はこれが、父と最初で最後の大ゲンカだった。
 
今までも、決して混ざることのない水と油のような、お互いの価値観を押しつけ合い、受け入れずに時が流れてきた。
「父親と相性が合わないんです」
19歳の時、占い師に相談したこともあった。
「双子座の気質を持っているから、両面性を使って、うまく立ち回りなさい」
無理だった。馬が合わない親子ということは、もう30年近くも分かっていたことだ。
 
長い間、相性が合わないことが分かっていても、父は、息子に口汚く怒鳴ることはなかった人だ。
 
「なんだ! てめえ! ふざけたこと言いやがって!」
「え? マジか……」
思いっきり言い返され、胸の内で呟いたその言葉の直後、驚きが体中の毛穴という毛穴から、あふれ出すくらいの絶句を味わった。
 
今までを振り返ってみれば、息子が声を荒げて何を言おうと、綿菓子のように、フワッと受け止めてくれていた。
だからこそ、その意外な強い口調と言葉は、正直言って、哀しかったのだ。
 
「もう、生きているうちに会えなくてもいいや」
怒りと哀しみが混じり合っているときは、東京都内の細々した道路のように絡み合ってしまう。
心が頑なであればあるほど、言葉や行動が一方通行となり、運転していてもグルグルと同じ道を走るだけで、目的地になかなか着くことができない。
半ば本気で「会えなくてもいい」と思っていた。
この言葉は、母にも兄にも、ましてや父本人に実際に言ってしまったら、永遠の一方通行から出られる機会はなくなる。
「これは、絶対に言ってはいけない一言だな……」
意識的には封じ込めていたものの、心のどこかで「絶対にだめだ!」という気持ちが残っていたので、言うことはなかった。
 
1ヶ月ほど経った2019年8月の下旬。遺言についての話があるということで、家族で集まることになる。そこからは、以前よりも会う回数は減っているものの、何ごともなかったかのように振る舞うことで、次第に雪も解け、自然に話せるようになってきた。
 
趣味がゴルフと地域活動だった父は、以前とは違って、動けない自分の体にイラ立っているようだった。
「映画でも観に行けばいいじゃん。平日の昼間なら空いてるし、ちょっとは咳をしても気にしなければいいよ」
「浅草まで行けるかな……」
「浅草じゃなくても、すぐそこに映画館があるじゃん」
映画などのエンターテイメントは浅草という年代だ。
「浅草もいいかもね」
そう言っているうちに、咳もひどくなり、呼吸することもままならず、歩くことも難しくなり、外出も難しくなった。
肺がんと診断されてから1年以上経ったので片肺は潰れている。こうなると、病状は一気に悪くなってくる。
 
そして、入退院を繰り返し、自宅では介護ベッドの日々で、眠っている時間も多くなってくる。
寝たきりになり、家族の介護疲れも重なったところで入院。
入院のまま2019年の12月26日に急変し、病院で逝った。
 
父は肺がんと診断されて1年7ヶ月、喜びのお面、怒りのお面、哀しいお面と、普段見せることのなかった様々なものを見せてくれた。
 
苦しかった闘病も終わり、白骨のお面となって家に戻ってきた。
自分というお面をもとに、父、母、息子、娘、孫、甥、姪、友人、先輩、後輩、上司、部下……と言う様々なお面をかぶってきたに違いない。
 
恐ろしく、白く美しい灰だった。
そこに、そっと置かれている白骨のお面はささやかに語っているようだった。
「楽しかったよ」
 
 
 
 
***
 
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2020-01-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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