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その思いやり、思い込みかもしれません


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記事:yuko(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「私たち、大広間の方がいいの」
 
それは、私の意とは反する返事だった。
 
学生時代、私はある飲食店でアルバイトをしていた。
カジュアルな和懐石のお店で、大広間といくつかの個室に分かれた造りだった。
個室は人数に応じて2名から利用できる。
しかも、部屋によって器の窯元が異なる、こだわりのあるものだった。
もちろん、個室は人気で、お客様には喜ばれていた。
個室利用の条件は、事前に予約をすること。
 
そのお店には、常連のお客様も多かったが、その中でも印象深いのが、ある老夫婦だ。
70代程であろうか。旦那さんは、いつもジャケット着用で上品、奥さんは、いつもにこやかで控えめな、とても素敵なご夫婦だ。
頼むメニューもいつも同じ。その日も変わらず食事を楽しまれていた。
ご夫婦の給仕担当についた私は、ずっと気掛かりだったことを解消しようと、2人に話しかけた。
 
「事前にお電話頂ければ、個室をご用意しますよ」
 
親切のつもりだった。
このご夫婦は、常連でありながらも、いつも予約をされない為に大広間に通されていたからだ。
しかし、返事はこうだった。
 
「私たち、家ではいつも2人きりで静かに食事をしているから、外食くらいは多少にぎやかなところで食べたいのよ。だから大広間の方がいいの。」
 
ご婦人は、とてもにこやかに、私にそう告げた。
当時の私には、衝撃だった。
だって、誰もが個室を望んでいると思っていたから。
 
とんだ思い違いだ。
「大広間より、個室が良い」と思っていたのは、私の勝手な思い込みだった。
これまでの経験から、大体のお客様が個室を望んでいると刷り込まれていたのだ。
大広間に通したお客様から、「個室は空いていないの?」と聞かれることも、度々あった。
自分が客として訪れる際にも、個室は特別感があった。
そんな先入観で、私は「親切」をしようとした。
 
ご婦人は、「気遣って頂いて、どうもありがとう」と続けた。
 
恥ずかしかった。
私の思い上がった接客に、「ありがとう」と言って下さる。
自分が当たり前だと思っていることが、皆の当たり前ではないということを、その時私は痛感した。
 
しばらくして、当時の大学の教授から、「思いやり」と「思い込み」は違う、という話を聞くことになる。
まさしく、今回のケースだ。
私は「誰もが個室が良いはずだ」という思い込みで、あのご夫婦に思いやりを提供したつもりになっていた。
 
これって、気付いていないだけで、様々な場面でやってしまっているかもしれない……。
接客の仕事に限らず、プライベートにおいても。
しかし、知りようがない。自分は良かれと思い込んでいるのだから、完全にエゴだ。
相手が拒んでくれたらいい。だけど、遠慮して受け入れてくれていたら、本当に余計なお世話である。
 
もちろん、相手のことを考えての言動は大切だ。
それに対して有難いと思ってくれる場合も多いだろう。接客の仕事では、特に求められるスキルだ。
ただ、相手が本当に求めていることを見極めるのは難しい。
 
もしかしたら、あのご夫婦だって、本当は個室が良いけど、手を煩わせるのも悪い、と思って粋に断っただけかもしれない。
実際のところは、今となっては分からないが、「ありがとう」と言ってくれたのは事実。
思い込みであったとしても、気遣おうとした気持ちを汲んで下さった。
となれば、それが伝わればいいのかもしれない。
 
職場や友達、恋人の間でも、相手の気持ちを汲むのは難しい。こちらからの言動に限らず、相手の言動においても、「なんでこんなこと言うんだろう?」「こんなことしなくていいのに」と思う、その向こう側には、もしかしたら相手の気遣いが潜んでいるのかもしれない。
 
私の職場では、昼休みはローテーションで取る。自分が抜けている間は、他のメンバーが代わりに入ってくれている。
そんな中、ある先輩はいつも、私が休憩から戻ってもすぐにはその場をどかない。私はいつも困惑する。
もう交代できるのに、何故この先輩は「どいてくれない」んだろう? やりづらいなと。
ある時、「思いやりと思い込み」の話をふと思い出した。
ああ、なるほど。もしかすると先輩は、私が休憩から戻るタイミングは忙しい時間帯にあたることが多いから、手伝おうとしてくれているのかもしれない。
それが本当なら、危うく先輩の思いやりを見逃すところだった。
私が逆の立場を経験したケースである。
 
「思いやり」と「思い込み」、その違いは難しい。
時には見当違いかもしれない。自分のものさしで、良し悪しを決めて、相手に押し付けているのかもしれない。それは反省すべきことだと思う。
しかし、相手を気遣おうとする気持ちは大事。真意が分からないからこそ、こちらの想いが伝われば、「思いやり」を尻ごもっていてはいけないなとも思う。
ただし、相手に「ノー」と言わせる選択肢を与えることを条件として。
 
反省していたけど、当時の私は、あながち間違っていなかったのかもしれない。
そう思うと、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
 
 
 
 
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2020-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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