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空へ旅立った猫との思い出は、温かいか、冷たいか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:一ノ瀬 朔(ライティング・ゼミ平日コース)
 
毎晩、思うことがある。
 
枕を置く位置は、いつだって布団の左側。
 
あの日以来、埋まることのない右半分の特等席。
 
布団にもぐった私は、温かくない特等席に手を置いて、思うのだ。
 
あの子が傍にいてくれると、温かいんだよな……
 
すぐに寂しくなって目を閉じる。楽しかった思い出が瞼の裏に蘇り、鼻がツンと痛くなる。
 
悲しいな。
 
そう思いはするけれど、半面で、頬はほんのわずかに持ち上がる。
 
彼女と出会ったのは、今から約7年半前。
 
ブルーの毛並みに胸元、足先、尻尾の先にちょこんと白のワンポイントを持った、ノルウェージャンフォレストキャット。
 
グリーンの瞳が穏やかな性格を表す彼女は『ノワ』と名付けられ、我が家に迎え入れられた。
 
好きなおもちゃはカラカラと音のなるピンク色のネズミ。
 
ご飯の際には、お座り、お手、お代わり、タッチを連続してこなす芸達者ぶりを披露し、いたずら(壁を引っかいたり、家電のコードを噛んだりなど)もしない優等生。
 
甘えん坊で愛嬌もあるノワは、すぐに我が家のアイドルとなった。
 
母も父も、漏れず私も、ノワの可愛さにメロメロだった。
 
そして何より、ノワは私にとっての“寝る友”でもあった。
 
毎晩、私が布団の左側、ノワが余った右側を定位置として、頭を並べて一緒に寝たのだ。
 
どれだけ仕事で疲れたとしても、彼女との夜の時間が、私の心を癒し、潤してくれる毎日が、あの頃はたしかに存在したのだ―――
 
「もって2週間だと思います」
 
別れのベルは突然に鳴らされた。
 
獣医の先生から聞かされた命のタイムリミットに、私たち家族は、静かに頷き返すことしかできなかった。
 
いや、違う。ぼんやりとした表情のノワを見つめながら、次から次へと溢れ出てくる涙を拭うので一杯一杯だった。
 
ノワを家に迎え入れた時から、覚悟はしていたはずだった。
 
人間よりも寿命の短い猫との別れが、いつかは訪れることを。
 
それでも現実は全然覚悟なんてものはできていなかったし、できることなら先生に「どうにかして、助けてあげてください」と、みっともなく縋りつきたかった。
 
「痛みの少ないタイプの癌ですので……負担は、少ないとは思います」
 
ショックを抱えきれない私たちに、先生は慎重に言葉を並べてくれた。
 
せめてもの慰め。せめてもの救い。
 
猫にとって大きな負担となる抗がん剤治療を諦めた私たち家族は、残されたノワとの時間と向き合う決断をした。
 
先生から「負担は少ない」と言われたものの、ノワは日に日に弱っていった。
 
ご飯を食べる量も見るからに少なくなり、大好きだったネズミのおもちゃも遊ばず見つめるだけになってきた。
 
骨ばっていく身体、不安定な呼吸のリズム。
 
弱っていく姿を見るのは辛かったが、それでも、ずっと見つめ続けていたかった。
 
1秒でも長く一緒にいたくて、仕事は定時になった瞬間に切り上げて、真っ直ぐに家に帰宅した。
 
一生懸命に生きようとする姿を忘れないために、ミラーレスカメラを買って、毎日のように写真を撮った。
 
あっという間な2週間だった。本当に、あっという間だった。
 
『今日が峠だって。早く帰ってきて』
 
仕事中に送られてきた母からのメッセージを見た瞬間、私は「すみません、帰ります」と、先輩社員に理由を説明する暇もなく会社を飛び出した。
 
急行電車に滑り込み、1分、1秒を争うように急いで電車を乗り継いで。
 
最寄りの駅でタクシーを拾い、目的地を言うよりも先に「とりあえず、あっち方面に走ってください」とドライバーを急かし、タクシーから降りた後も転がり込むように家へと入った。
 
リビングには泣き腫らした顔でノワを見つめる母とスーツ姿の父がいた。
 
「間に合った?」
 
恐る恐る聞けば、母は、2、3度頷いた。
 
間に合った、でも、もうお別れなんだ。
 
焦点の定まらないグリーンの瞳が、冷たくなりつつある身体が、“別れ”を語っているようだった。
 
苦しそうな呼吸を懸命に繰り返すノワに、父は「頑張って」と声をかけた。
私は絞り出すような声で「ノワは十分頑張ったよ」と言った。
  
もっと一緒にいたい。でも、もう苦しい思いをしてほしくない。
 
私も、父も母も、同じ葛藤を抱えていたと思う。
 
十分頑張った、と言った私も、言葉とは裏腹に、冷えつつある小さな手を何とかして温めようと握り続けていたのだから。
 
それでも、ノワは呼吸を止めてしまった。
 
泣きながら名前を呼んでも、応えてくれなくなってしまった。
 
共に過ごした6年半の歳月は、本当に、あっという間だった。
 
思い返せば、今だってたまらなく悲しい。
 
ノワのことを全力で大事にしてきた自信はあるけれど、それでも、もっと一緒にいたかった、という未練は心の底に根を張りつけたままでいる。
 
きっと、どれだけ大事にしたとしても、別れを惜しむ未来は変わらなかった。
 
ノワを迎え入れるときに必要だった覚悟は、必ず訪れる別れ対するものではなく、別れた後に襲ってくる深い悲しみと向き合う覚悟だったのだ。
 
だとしたら私たちはずっと、その死を悲しみ続けなければならないのか。
 
それは少し違うと思う。
 
必要なのは、楽しかった思い出をヤスリにして、棘だらけの悲しみを丁寧に丸く整えていくこと。
 
楽しかったな、可愛かったな、癒されたな、と思い出しながらヤスリで棘を丸くして、その途中で悲しみが大きくなって来てしまったら、ヤスリをかける手を止める。ただただ、その繰り返し。
 
別れによって生まれた悲しみは消えることはない。悲しみから解放されたいからといって簡単に捨てていいものでもない。
 
どんな形であれ、それは最後の思い出なのだから、時間をかけて大事に、大事に、丸めてあげるのだ。
 
ノワが空へ旅立ってから1年経った今。
 
布団右半分の特等席が温かくなることはないけれど、思い出す楽しかった日々に、胸の奥はじんわりと温かくなるようになった。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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