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「ナマハゲ来るよ!」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:yokon(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「寝ないと鬼が来るよ!」
 
子を持つ母親なら一度は頼ったことがあるだろう、怖い存在。
寝ないと鬼が来るよ、そういって我が子に言うことを聞かせようとし、結局、鬼みたいな形相をしているのは自分だった……と反省することも少なくない。
 
秋田では「鬼が来るよ!」の代わりに「ナマハゲ来るよ!」が使われる。
 
ナマハゲは神様だ。化け物でも鬼でもない。家族は、ナマハゲに頭を下げ、酒を注いでもてなし、泣いている子どもを抱きしめる。ナマハゲと一緒になって子を叱ったり戒めたりはしない。つまり、ママは鬼を召喚する悪者にならなくて済む。怖い山の神様が見ているから、いい子にしようね。そんな存在ではなかろうか。
 
2歳くらいまでなら「ナマハゲ来るよ!」だけで効果があった。しかし、観光用なのか秋田ではポスター、キャラクター、そこらじゅうナマハゲだらけ。キーホルダーから目が光る巨大な像まで、ナマハゲに頼りすぎている。
 
本当は来ないナマハゲ。
 
「ナマハゲ来るよ!」
いつしか長女には、そんな言葉もすっかり効かなくなっていた。
 
ところが、昨年から我が家に怖い神様が来るようになった。小正月の連休中日のことだ。
 
「うぉおおおおおおお! わりぃ子はいねがー? 泣く子はいねがー!!!」
うっすら月明かりに照らされて、今年も残雪踏みしめやってきた。
 
「パパどこいったの?」
4歳の長女はそういいながら、義母に手を引かれ、おそるおそる全身藁に覆われた神様を出迎える。長男2歳、泣いて居間から出たがらないので私が手を引いて連れていく。生後3ヶ月の次女も今年はナマハゲの洗礼を受けるが、さすがに何が何だかわかっていない様子だ。ただ、居心地が悪かったのか泣き始める。ナマハゲ二体はうなり声をあげながら玄関の戸を開け、入ってきた。
 
「おい、ぼうず、こっちゃこぃ(こっちへ来い)」
そういいながらナマハゲは長男を抱きかかえて連れて行こうとする。大泣きだ。すかさず義母が連れ戻す。おりこうさんにするよね、そう諭す。
 
「おりこうしゃんにしゅる」
と、べそかく長男。言ったな、言ったな。
 
長女も、ナマハゲに詰められる。義祖母がギュッと抱きしめる。
「ちゃんとお母さんのいうごと聞いでるかッ?」
 
「ちゃんと聞く……」
か細い声で答える。泣きはしない。母、少し可愛そうになりながらも、内心しめしめと思う。ちゃんと聞いてる、と言い返せないあたり、心当たりがあるようだ。
 
家長である義祖父が、ナマハゲに挨拶し用意しておいた酒を注ぐ。付き人に熨斗袋を手渡し、お札をいただく。家内安全、無病息災を祈願してナマハゲは唸り声をあげながら去っていく。
 
ナマハゲは集落、地域によって姿かたちが異なる。ヤマハゲ、アマハギなどという地域もある。我が家に来るナマハゲは、一般的に想像する赤と青の面をつけていない。天狗のようにも見える長い鼻と二本の角がついた藁の被り物と、ケラと呼ばれる装束で膝まで藁を身にまとい、二体一対で現れる。右の者は包丁、左の者は御幣を持っている。
 
二度目の襲来。
 
私が嫁になってきたとき、20軒しかないこの小さな集落で、ナマハゲ行事は行われていなかった。「子どもがいないから」だという。それに、喪中の家があれば参加できない。閉鎖的な地域ほど、できない理由を見つけるのが得意だ。そうやって地域を守ってきたともいえる。ここのナマハゲ行事は、夫が幼かった頃以来、20年、30年途絶えていたらしい。
 
もったいない。ナマハゲは悪い子を黙らせる神様だ。使わない手はない。ママが鬼になるより効果的な演出ができるじゃないか。男鹿のナマハゲがユネスコ無形文化遺産に登録されたのと同じ年、この集落でも復活に向けて動き出した。
 
お面もケラも作り方がわからない。持っている田んぼも農業法人に任せてしまっていて自前で藁を調達できない。神社とのやりとりや、お礼の仕方、礼儀作法もわからない。でも、60歳代以上なら経験者がいる。昔ナマハゲだった、じいさん。家で待っていた、ばあさん。おっかないナマハゲに追いかけられた記憶が残る今のお父さん世代。作法がわかる者が生きているうちにまた始めることができれば、伝統は生き返る。最終的に、まだ継続していた隣の集落のやり方を教わるべく、小さい子を持つお父さん3人が隣のナマハゲと一緒に回ることになり、ナマハゲは意外とあっさり復活した。
 
地元紙によると2019年の秋田県内出生数は、5千人に届かない可能性があるという。人口減少最先端の秋田で、本物のナマハゲを経験できる子どもが今、これから、どれだけいるだろう。
 
子どもがいないから継続できないのか。
ナマハゲ行事が続かないような関係の地域が問題なのか。
 
答えはどちらでもない気がする。今いる場所に文句ばかり言っても仕方ない。本物なんて、時代ごとに違うのだ。地域の伝統行事は、必要に応じて作り上げるものだった。
 
ママは鬼になりたくない。できるなら、ナマハゲに叱ってほしい。そんな自己中な願いが原動力だった。それは同じ集落のお母さん達も共通だった。
 
「今年も来てくれるのを楽しみにしてる!」
 
「うちは喪中だけど、ナマハゲさんに会わせたいからお隣さんちに混ぜてもらおうかなー?」
 
そうやって、昔とは少しずつやり方を変えながら継続する方法を模索している。
 
長女は、張り詰めていた緊張が解けたのか、ナマハゲが帰ってから大泣きした。昨年よりも怖かったらしい。パトカーみたいなもので、ナマハゲが怖いかどうかは、やましい心があるかどうかのようだ。
 
「包丁を持ったナマハゲがね、こわかった」
 
確かに、今年のナマハゲは我が家の事情をよくご存じだった。
数日経ってからもナマハゲ効果は絶大だった。
 
「Youtubeばっかみでねぇかーっていってた」
 
そうだね、そうだね。ちゃんと守る?
 
うん、と素直にいうのを聞いて、夫と目配せする。
 
今年もナマハゲ効果が続きますように、と祈りながら、寒い中お酒飲まされ、声を張り上げてきた夫をねぎらった。
 
 
 
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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