fbpx
メディアグランプリ

きれいな看板


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:郡山秀太(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
「これ自分で拭いたの?笑」
 
友達から、ちょっと意地悪なコメントがきた。
僕がフェイスブックにアップした、ある看板の写真についてだ。
 
中学1年のころ、あいさつ標語コンクールで特賞をもらったことがある。
大賞でもなく最優秀賞でもない。佳作、入選いろいろあるけど、特賞とは、なんなのだろう。
いわゆる参加賞のような賞だったように思う。
 
あろうことか、たくさんの特賞の中から、僕のあいさつ標語がなぜか選ばれ看板になってしまった。
大きさは2メートルくらい。
設置された場所は、山を無理やり切り開いて作ったような道路の、草がやんわりしげっている歩道。もう20年近く、そこにある。
 
年数が年数。汚れがひどい。
上の方には、水アカが黒くこびりついている。
 
でもなぜか、僕の名前と標語だけは見えるように拭かれているのだ。
 
その点について、フェイスブックで友達からツッコミがはいった。
自分の看板を自分で拭いている自慢したがりだと思われたのか。
確かに自慢したがりだけども。
 
でもね。
拭いたのは、僕じゃない。
 
「学校であったことを話しなさい」
 
すこし興奮した母が僕を問い詰める。
 
ちっ。やっぱり連絡があったな。
中学2年のその日、帰りが遅かった。
 
先輩に呼び出されて殴られてしまった。それが遅かった理由。
 
「先輩に」
「呼び出され」
「殴られる」
こんな漫画のようなことがあった。
 
僕も悪い。
先輩の名前を使って、つまらないダジャレを作っていたのだ。(ほんとうにつまんないやつ)
それが先輩の耳に届いたらしい。
 
「おい放課後、技術室にこい」
 
まじか。呼び出されちゃったよ。
 
先輩は怒っていた。
技術室は別校舎の奥にある薄暗い教室。
授業の日以外は、まず先生は通らない。
 
こうなったら応戦してやる。
こうやって、ああやって、戦ってやる。
 
イメージトレーニングしていたはずだった。
 
いざ技術室に着くと、先輩が怒鳴った。
足がすくむ。緊張してなにも考えられない。
反撃もくそもなかった。
ライオンに吠えられたシマウマは何もできないのだ。
 
先輩に、ボコボコ殴られてしまった。
 
「なめんじゃねえぞ」
これまた漫画のような捨て台詞を先輩は言いはなち、その場は終了。
 
教室に戻る。
だれから聞いたかわからないが、駆けつけた先生に事情を聞かれ、即、校長室。
殴ってきた先輩も入ってきた。
 
先生たちの前で先輩は僕に「すみませんでした」と謝る。
絶対許していない声で。
 
こういうことがおきると、家にも連絡がいく。
 
母は、僕から一部始終を聞くと少し黙ってからこういった。
 
「ごめんね。お母さんがいけないよね」
 
気がつくと、抱きしめられていた。
母は少し震えている。
 
ひとつも悪くないのに、いつも「お母さんがいけないの」という。
 
いつなのか覚えていないが、とにかく小さいころ。
風呂場の蛇口をクチでくわえて遊んでいたら喉に刺さり、出血を大量にしたことがある。
もちろんすぐに病院にいったが、そのときも「ごめんね、ごめんね」と抱きしめられた覚えがある。
 
もしかしたら母は、僕になにかあると、その時のことがフラッシュバックして、自分にいたらない点があったと思うのかもしれない。
 
先輩に殴られたその日。
家に帰っても、なにもなかったように、いつもどおりをよそおっていたはずだった。
 
ひさしぶりに抱きしめられたからなのか。
それとも、殴られたことが本当はとても、こわかったからなのか。
 
僕は、ぼろぼろ泣いてしまっていた。
 
母の愛をこの時ほど感じたことはない。
 
泣くなんてカッコ悪くてできない、と思う思春期。
強い男になったつもりで反抗期を送っていたはずなのに。
 
自分ではなんでもないような顔を作っていたつもりが、
さぞかし悲しい顔をしていたのだろう。
 
抱きしめる。
クチがうまくない母なりの愛情表現。
僕は、とても大切にされていたのだ。
 
「この看板、毎年、母が掃除してくれてるんだよね」
フェイスブックのコメントに返信した。
 
母はどうしても汚れているのが許せないのだという。
はじめて聞いた時は、なにもそんなことしなくてもと思った。
看板は両面で、実は後ろにも違う人の標語が書いてあるが、そこは汚れたままだ。
後ろの人、なんかごめん。
 
いまは、この看板が、親子ふたりをつないでいる。
 
僕は、実家のある九州から離れた東北で仕事をしている。
母は遠い地へ仕事に出てしまった僕を、もう、なにかあっても抱きしめることができない。
だから、せめて、あいさつ標語の看板をきれいにしているのかもしれない。
 
母よ、大正解。
帰省するたびに、文字のところだけきれいになっている看板を見る。
そのたびに、良い息子ではないことを、まあ悔やむ。(悔やむだけならだれでもできるよな)
 
20年もそこにある看板は、景色となって、もはや通行人は見てもいないだろう。
ましてや標語など読まれていないと思う。
 
だが、僕たち親子にとっては特別な看板。
なんでもない絵画も、見る人によっては価値を持つ絵画だったりするように。
 
たまに、あの看板の話になる。
 
「上の方まで手が届かなくて、きれいにできないの。ごめんね」
 
まったく悪くないのに、母はまた謝る。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

★早割10%OFF!【2020年4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《2/16(日)までの早期特典あり!》


 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2020-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事