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そろそろあなたが休む番


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瓜生とも子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
あんまり使えない奴だった。20年前は。
 
大きくも小さくもない、地方都市。私の住む学生アパートのすぐそばに、あいつはいた。ちょっと離れたところにあるスーパーの方が、断然便利だった。
 
スーパーで何か買い忘れたときなんかに、利用することがあった。スーパーより値段は高い、品揃えは少ない、お弁当やサンドイッチはまずい。助かるのは24時間営業なとこぐらい。その程度のつき合いだった。
 
その街での生活を終えた後、私は海の向こうの遠い国に渡った。日曜日には誰も働かなくなる国で、店という店が一斉に閉まった。そんな国で何年も暮らしてみて、よく分かった。24時間営業なんてなくても、人間は生きていける。むしろ適度に不便な方が心地いい。
 
帰国して住んだのは東京。街そのものが24時間営業だから、相性もいいんだろう。あいつはいたるところに、おまけに何種類もいた。
 
目障りな奴め。苦々しく思いながらも、社会人になった私は、あいつに助けてもらうことが多くなった。出勤途中で伝線したストッキングの替えを買ったり、遅い帰り道に公共料金の支払いをしたり。こちらが忙しくなるほど、新しいサービスを次々と身につけていく、抜け目のない奴。
 
都会で余裕のない身には、ありがたいかも。これも意外にいけるしな。
 
お弁当を作る時間のなかった日、あいつのところで買った五目野菜の焼きビーフンをかきこみながら、そう思った。
 
そんなある日、実家に電話すると、母がプンプン怒っている。首都圏のサッカーチームが合宿で滞在しており、テレビで若手選手のインタビューを見たところらしい。
 
「近くにあれがなくて、とても不便で困ります、やと。私ら全然困ってないけんど」
 
確かに郷里は田舎だ。あいつの姿は、数年ほど前から農道沿いにちらほら見かけるようになった程度。町内には地物野菜や地元の主婦手作りの惣菜を扱う店があるし、車でちょっと行ったところには大型スーパーだってある。24時間営業がなくて困るのは都会から来たひとだけ。母の言い分はもっともだった。
 
田舎ではあいつと距離を置き、東京ではまあまあ親しくしながらの、8年。その間に私は結婚し、出産した。
 
子供が言葉を覚え始めた頃、家族で海外に引っ越した。子供は現地の幼稚園に通ったが、一時帰国の際、私の実家近くの幼稚園にも体験入園させてもらえることになった。子供も私も、田舎での滞在をとても楽しみにしていたのだが。
 
さて、困った。
 
実家にはネットがない。SIMフリーのスマホに来日観光客用のSIMカードを入れて使うことにしたが、実家は電波が非常に悪いのだ。現地にひとり残る夫とはこまめに連絡を取りたい。限られた時間でもいい、Wi-Fiを使いたい。
 
急に大事な書類を準備しなければいけなくなった。フォーマットを印刷しなければ。農機具なら実家の小屋に何台もあるが、プリンターなどない。どこかプリントできるところはないか。
 
東京で買って送っていた母愛用の化粧水、とうとう切らしちゃったみたいなんだけど。
 
田舎の食べ物も美味しいけど、たまには淹れたての本格的なコーヒーが飲みたいな。
 
すべて、あいつが解決してくれた。20年来の付き合いで、こんなに親しみを感じたのは初めてだった。
 
それからは毎日のようにあいつのところに通った。田舎の強みで、イートインコーナーが広々と心地よい。コーヒーは挽きたてで美味しい。しかも100円。コーヒーのおともに、毎回違ったスイーツを選ぶのが楽しみとなった。快適な無料Wi-Fi。スマホのチャットで、夫に子供の様子を報告する。切らしていた母の化粧水を買って帰る。
 
見回してみれば、色んな人がここで休息を取っている。トラックの運転手さん、外回りの途中らしい営業ウーマン。四国八十八ケ所めぐりのお遍路さんらしい姿を見かけたこともある。
 
今までバカにして悪かった。ちょっとしたオアシスだよ、ここは。
 
いつものように、イートインコーナーでコーヒーをすすりながらスマホをいじっていたとき。隣の席に60代とおぼしき女性2人組が来た。ひとりは初心者だが、もうひとりは常連らしい。常連さんが言う。
 
「うちのお父さん、テレビでボクシング見るろう? あれが嫌でねえ、ひとりで自転車でここに来るがよ」
 
オアシスどころか、シェルターでもあったのか。テレビのチャンネル権もなく、スマホや他の機器も持てず、家に自分の部屋もない年配女性を黙って迎え入れる、貴重な存在。
 
ここは街中から離れた、田舎の隠れ家。運転手さんも営業ウーマンも、単なる休憩ではなく、心に抱えているものを癒しにわざわざ寄ったのかも。田舎では田舎で、都会とは別の役割を、こいつは果たしてきたのかもしれないな。
 
最近になって、営業時間の見直しも始まったらしい。24時間、色んな人を受け入れてきた、優しい働き者。
 
これからは、ちょっとは休んでね。愛しのコンビニよ。
 
 
 
 
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2020-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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