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網膜剥離が僕の背中を押してくれた


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記事:石野敬祐(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「なんで僕が網膜剥離に……」
 
網膜剥離ときいて皆さんはどういうことを連想するだろうか。ボクシングの人が網膜剥離によって引退、なんていうニュースぐらいだろうか。今時、ガンや糖尿病とか、最近だと新型コロナウィルスなどには意識を払うことはあっても、普通の人間が網膜剥離のリスクを考えることなどないだろう。僕もそうだった。それだけ遠い存在だった。
 
ある日、僕はスポーツクラブ仲間での餃子飲み会に参加した。10人ぐらいの会だった。蒲田の有名な餃子屋さんで、たくさんの餃子とたくさんのビールやレモンサワーを胃におさめた。最高に楽しい時間だった。
みんな結構酔っぱらった状態で店を出た。駅に向かって歩く途中、今日初めて会った、同世代の男性に頭をバンバン叩かれた。一発目には目から火花が出た。それくらい強くたたかれた。何度もたたかれた。やめろと言っても彼は僕をたたきづづけた。僕が何気なく発した何かの言葉が気に入らなかったようだった。一瞬にして最悪の気分になった。先輩が止めてくれ、その場は解散となった。帰りながらもずっと彼に対する怒りは収まらなかった。
 
その翌日。朝目覚めると、左目の視界がなんだかおかしいと感じた。見えないわけではないが、なんだか視界が変なのだ。視界が狭くなっている気がする。もともと目が悪い僕。疲れ目でも見えにくくなることはある。ただ、これはちょっといつもと違う。寝巻から着替えてすぐ、家の近くの眼科に行った。そして大きな病院を紹介された。網膜剥離との診断結果が告げられた。手術・入院が必要と言われた。体から力が抜けた。視界が白くなった。
 
網膜剥離は、目の中のスクリーンに当たる「網膜」がはがれる(剥離)という病気だ。
ふと、学生時代バレーボールのスパイクを、至近距離で顔面ブロックしてしまったことがある。そのあと見てもらった眼科で言われたことをふと思い出した。
「強い近視の人は、目玉がまん丸ではなく楕円なんです。極端に例えればラグビーボール。あなたの目はそうだから、普通の人より網膜剥離のリスクがあるんです。尖ったところに網膜があり、そこに負担がかかる構図なので。まぁ普通の生活をしていたら大丈夫だとは思います」
大丈夫でないのは、普通の生活だったということ。あいつのせいだ。許せん。
 
最低5日間の入院と言われた。術後の経過を見るためその期間とのこと。そんなに心配をするような手術ではないという説明を受けた。一安心しつつ、その時期に僕は入院した。しかし、手術当日の僕にアクシデントが襲った。
 
手術予定時間の少し前、1人の看護師さんが僕のベッドのところにやってきた。
「手術を楽に受けていただくため、今から鎮静剤を打ちますね」
「はい、おねがいします」
僕の腕に注射を打った後、看護師さんが僕に尋ねた。
「大丈夫ですか?」
あれ、なんか吐き気がする。心臓もなんだかドキドキしている。頭が重い。
「いや、ちょっと気持ち悪いです」
ベッドに座ったまま、うつむいた。
 
十数秒ぐらいたっただろうか。気持ち悪さが少し落ち着いた。ふうと大きく呼吸をした。再び看護師さんが声をかけてきた。
「お気分は大丈夫ですか?」
「はい、すこしおちつきました」
いつもよりゆっくり話しながら頭を上げた。僕の視界に映る看護師さんは3人に増えていた。ん? いつの間に2人増えてるの? それとも僕の目がおかしい?
 
僕の戸惑いの表情を見抜いたのか、一人のベテランらしい看護師さんが声をかけてくれた。
「よかったです。いしのさん、少し意識を失っていたんですよ。バイタル(血圧や脈拍)が一時的に一気に下がって。実はこれ以上バイタルが戻らなければどうしようかと思ってました」
簡単に言うと、僕は軽く死にかけていたということだ。十数秒に感じていた時間はもっと長かったのだろう。
 
その後の手術は特に問題もなかった。ベッドのままガラガラと手術室に運ばれ、手術を受けた。局所麻酔と鎮静剤の効果もあってか、特にこれという痛みは感じなかった。ぼんやりした左目の視界の中で何かがシュッ、シュッ、と動くのは見えた。よく医療ドラマで見るようなやり取りらしきものも聞こえた。意識はもうろうとしているのでよくはわからない。そんな意識の中、執刀医の先生が「はい、終わりました」と終了を宣言した。不思議な時間があっという間に終了した。
 
その後も経過は良好。予定通りに5日で退院できると判断された。ただ、なんだか自分の心は曇っていた。網膜剥離になったこともそうだが、鎮静剤で死にかけたことが僕にとって大きなショックだった。いつの間にか、こんな考えが僕の頭をめぐるようになった。
「いつ目が見えなくなるかもしれない。ずっと五体満足で生きられるとは限らない。いつ事故などで死ぬかもわからない。それでも僕は今後も今の生活を続けるだろうか。もっと別のことに時間を使ったほうがいいのではないか」
 
当たり前だと思っていたことが当たり前でない、有難いことだと身をもって学んだ。なんとなくで、命の時間を無駄にいいのだろうか。そんな気持ちになったのだ。
 
その半年後、僕は6年弱働いた会社を辞め、初めての転職をした。厳しいことを言われることが圧倒的に増えた。年収も大きく下がった。残業や休日出勤も増えた。ただ充実した毎日になった。仕事中にうとうとすることが全くなくなった。
自分の行動パターンも変わった。嫌なことに対して、きちんとNoを言えるようになった。気が進まない飲み会を断るようになった。やりたいと思ったこと、興味を持ったことにもっと挑戦できるようになった。人生における後悔が明らかに減った。
 
最初は絶望した。原因となった彼に怒りの気持ちしかなかった。だが、もうそんな気持ちは全くない。なんなら感謝の気持ちもあるぐらいだ。網膜剥離になり、鎮静剤で死にかけたからこそ、今の人生がある。
 
網膜剥離は僕の背中を押してくれた。そう、より自分らしい人生の方向へと。
 
 
 
 
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2020-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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