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抜け毛は恩師がくれた宝物と引き換えに


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:みさと(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
恐怖心しかなかった。
 
いつもみんなの前で怒られる。
でも、どうしても正解ができない。
 
分からない中でただ
やり直しをさせられる焦燥感。
私は独りで闘っていた。
 
高校2年の夏
コンクールに向けて
全国の吹奏楽部員が勉強も遊びも
そっちのけで練習するころ。
 
私は自分の担当する楽器、中低音の金管楽器
ユーホニュームを吹いていた。
 
私の所属する吹奏楽部は
兵庫県でトップクラス。
でも全国大会へはいつも僅差で行けなかった。
 
関西から全国大会へ行く3校の枠は
決まって大阪府の強豪で埋まった。
 
毎回悔し涙を流し、
そして毎年「全国大会に行けるかも」
という微かな希望にしがみついて練習をする。
そんな高校だった。
 
この年はソロをメインとする曲だった。
オーボエのメロディソロと
ユーホニュームの伴奏ソロ。
50人が乗る舞台で、2人だけで音楽を奏でる冒頭56秒。
 
勝負の行く末を決めるには十分な長さのソロだ。
 
コンクール本番2ヶ月前。
合奏中に突然、先生が
「伴奏ソロは、君が吹きなさい。」と私を指名した。
 
今まで先輩が吹いていた伴奏ソロを
音が綺麗と言う理由だけで
私が吹くことになったのだ。
 
「褒められた!」と、調子に乗ったのもつかの間。
地獄のレッスンが始まった。
 
誰もが恐れおののく指揮者。
石川学。当時65歳。
率いるチームを何度も全国大会へ連れて行ったことがある。
普通にしていたら優しいジェントルじいちゃん。
指揮棒を持つと一変する。
 
私は天性のリズム音痴だったため、
伴奏ソロが必ず微妙に遅れた。
 
リズムが遅れると先生は私を睨む。
そして合奏を止めて、静かに言う。
 
「君の目は何のためについてるの?
指揮棒を見るためでしょ?」
「こんなこと、小学生でもできるよ」
「君は音楽を冒涜しているのかい?」
 
しかし早く演奏すると、
「早すぎるよ。遊んでいるのかい?」と言われる。
 
吹いて、叱られて。
出来るまで、執拗に何度も繰り返す。
まるで蛇のような人だった。
 
私は温室育ちで、真面目。
親にも叱られた記憶がない
可愛いうさぎちゃん。
 
蛇に首を絞められるうさぎだ。
 
何が正解かわからず、
毎日の合奏で散々叱られた結果
「この人は私をいじめたいだけじゃないのか!?」
と思い、大嫌いになってきた。
 
休憩時間に
先生が椅子を5つ並べて寝ていたとき
その椅子をこっそり抜いて先生が
ズドーーン! と大ゴケする姿を想像していたほどだ。
 
毎日、私が伴奏ソロで叱られる間、
48人がじっと待っていた。
 
みんなの時間を消費する申し訳なさと
先生の恐怖で
私のストレスはピークに達していた。
 
今思えば、誰かに相談すればよかったのだが
その時の私はいっぱいいっぱい。
自分を悲劇のヒロインだと勘違いしていた。
 
「こんなに頑張っているのに、なんで」
「もう辞めさせてくれ」
そんなことぼかり考えていたある日。
 
気づけばてっぺんの髪の毛が薄くなっていた。
髪の分け目から、白い皮膚が見えるようになった。
高校2年生の乙女にはとてもショックだった。
 
毎日、鏡を見て分け目をたくさん変えた。
日に日に、髪の毛は減っていった。
 
どうすることもできず、
恐怖のレッスンと
恐怖の抜け毛に耐えて
迎えた関西大会。
 
割と良い演奏ができたと思うが
全国への切符は、やはり大阪の3校が掴んだ。
 
1年後、高校3年生になっても
コンクールの結果はまた同じだった。
 
みんなは悔しくて泣いていた。
「やっと先生から解放される!」
私は嬉さが大きかった。
 
高校3年生、引退演奏の後
メンバー全員が集まって、先生の最後のあいさつを聞く場面。
私はまた、怒られると思った。「今日もひどい演奏だったね」と。
 
だけど意外な言葉が出てきた。
 
「ごめんね。
君たちを全国大会に連れて行けなくて。
僕はね、あの舞台からの景色を
君たちに見せてあげたかったんだ。
あそこから見る景色は最高だよ」
 
どうやら先生は本気で、
私たちを全国大会に連れていくつもりだったようだ。
私たちの力を信じていたようだ。
 
自分がなんて幼稚だったのかを思い知った。
 
高校生の夏、
先生が教えてくれたのは
生きるための心構えだった。
 
「厳しさは優しさ」である。
人を叱るには、自分が嫌われる覚悟が必要だ。
そしてその人の成長を信じる気持ちと
愛情がなければできない。
 
それを身をもって知った。
 
だから、今では上司に叱られた時や
厳しい言葉を投げかけられた時
「叱ってくれてありがとう」と思えるようになった。
 
また、どんな状況でも笑うことを心がけるようになった。
どんな時も、自分の機嫌は自分でとる。
そうしないと、髪の毛が抜けちゃうから。
 
この2つを教えてもらった私の人生は、
まだあの時の石川先生より怖いものに
出くわしたことがない。
 
なんだか人生イージーモードである。
 
今でもたまに、薄毛に悩む時期がくる。
行きつけの美容師さんに
このエピソードを話すと
「その先生のせいで抜け毛になっちゃったんですね。
ムカつきますね」
という反応が返ってくる。
 
そんなとき私は
「いや〜それでも、
先生との経験は私の宝物です」と言う。
 
髪の毛と引き換えに恩師から、
とても大切なことを教わったからだ。
 
もう一度人生をやり直せるとしたら、
私は間違いなく同じ道を選ぶ。
 
先生とともに、もう一度あのソロを演奏したい。
そして次は全国大会への切符を先生にプレゼントしたい。
 
石川先生、育ててくれてありがとう。
 
 
 
 
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2020-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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