メディアグランプリ

褒め殺しゲームで私が取り戻したもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大石 忠広(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「その調子!」
 
「最高だね!」
 
「輝いてるよ!!」
 
テレビから聞こえてくるお褒めの言葉に応えるべく、私は重い身体を動かし続ける。
 
(キツイ……)
 
(あと何回やるんだコレは……)
 
(他人事のように言ってくれるな)
 
(こっちはこんなに大変だっていうのにさ……)
 
心の中でそんな文句を垂れながらも、黙々と指示されたエクササイズをこなしていく。
 
私は最近、自宅でエクササイズをしている。といってもDVDやYoutubeのエクササイズ動画を見ながらやるのではない。テレビゲームだ。テレビゲームでエクササイズをしているのだ。
 
テレビゲームでエクササイズだって?そんなことができるのか? と思うかもしれないが、これが実際にできるのだから最近のゲームはすごい。私が使っているのは「ニンテンドースイッチ」用に発売された「リングフィットアドベンチャー」というゲームだ。
 
手のひらに収まるほどの小さなコントローラで操作するのだが、コントローラの中にはセンサーが内蔵されていて、コントローラを振ったり動かしたりすることで、操作者がどんな体勢を取っているのかが正確に分かるらしい。例えばヨガのポーズやスクワットが指示され、実際にその動作を取ることでゲームが進んでいくわけだ。どうやら「正しいポーズ」というものがあるらしく、例えばスクワットの場合、しっかり腰を落としていないとOKがもらえない。つまり、怠けて楽な姿勢でゲームクリアだけ目指すという不埒なことをさせないようにしっかりデザインされているわけだ。
 
元々このゲームを欲しがったのは私ではなく家内であった。自宅で手軽にエクササイズができるという評判と、長く品薄状態が続いていたこともあり、機会があればやってみたいね、という程度のものだった。しかしある日、たまたま店頭に在庫があるところに出くわし、思わず買ってしまった。買ったからにはやるしかないとやり始めたわけである。
 
で、やり始めて分かったことが一つある。
 
このエクササイズゲームの最大の魅力は、自宅で気軽にエクササイズができることでも、ゲーム感覚で筋力トレーニングができることでもない。
 
「褒められるとさらに頑張る自分」を思い出させてくれたことだ。
 
私はこう見えても、子供の頃はそこそこお勉強ができた方だった。小学校低学年の頃はいつもクラスで1番か2番だった。根がバカ正直なせいか典型的な「褒められて伸びるタイプ」だったと思う。学校のテストでいい点を取って担任の先生や同級生から「スゴイね!」なんて言われた日などは一日中テンションが上がりっぱなしで、家に帰ってからも普段やらない家の手伝いをしたり、宿題をいつも以上に張り切ってしまうような子だった。
 
でもいつからだろう。
「別に褒められなくてもいいや」と思わなくなった。
 
どこかで自分の限界を知ってしまったことから来る自己防衛なのか、あるいは単に思春期だからなのか、今となっては分からないが、とにかく「褒められること」から自分を遠ざけるようになった。それどころか「褒め」に繋がる行為を否定するようになっていた。
 
親の期待を受けて中学受験する友人やボランティア活動に勤しむ同級生のことを「他人に褒められたくてやってるダサイ子」だと思っていた。今思えば実に稚拙だ。他人の評価を一番意識していたのは他ならぬ自分だったのだから。
 
そんな「褒め」に対して捻じ曲がった考えだった私が他者から褒めてもらえる機会など得られるはずもなく、中学生以降は褒められエピソードがないまま私は社会人になった。
 
社会人になったら、もっと褒められない。
 
もちろん「評価」はされる。
 
職務能力と実績に応じた人事評価というものはある。
 
でも褒められることはない。環境が変わらない限り今後もないだろう。
 
そう、私たちは社会人になってしまうと褒められる機会は殆ど失われるのだ。
 
「社会人」として、「組織の一員」として、「家族の一員」として、あるいは「経営者」として、「契約者」として、「雇用主」として、私たちは自分に期待された社会的役割を果たすことが求められ、その役割に対する評価と褒められるかどうかは別の問題だからだ。
 
ところが、だ。
 
このエクササイズゲームはとにかく褒めるのだ。ゲーム内でプレイヤーのナビゲーションを務める「リング」というキャラクターがいるのだが、彼がプレイヤーつまり私のエクササイズをとにかく褒めまくるのだ。
 
もちろん、褒めるにも「良い褒め方」と「悪い褒め方」がある。
たかがスクワットを数回やった程度で「最高だね!」とか「輝いてるよ!」とか言われても、「いやいや、褒め過ぎでしょうそれは」としか言いようがない。
 
と言いつつも、長年の運動不足でなまった身体に鞭打ってスクワットをしている自分を、こうやって言葉を変えながら褒めてくれるのは悪い気がしない。もう少し頑張ってみようと思えるから不思議なものだ。
 
「リング」の誉め言葉のバリエーションにも目を見張るものがある。手を変え品を変えて私の一挙手一投足を褒めてくるのだ。ここまでくるともはや「エクササイズゲーム」を超えて「褒め殺しゲーム」といってもいいのではないか。
 
私はこの「褒め殺しゲーム」で失われた筋肉と体型を取り戻すと同時に、はるか昔に置いてきた「褒められると頑張れる自分」も取り戻せた気がする。
 
 
 
 
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2020-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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