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バイト課長


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大和田絵美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「左手の人差指と中指、薬指の長さの比で分かるのよ。あなたは、上司に恵まれない運勢ね」
私は占いに来ているわけじゃない。
今は仕事で、健康相談の面談中。
相談者として座ったはずの女性は、きょとんとする私ににっこり微笑んだ。
「私、占い師なのよ」
お金を払って依頼しているわけではないので、その続きは聞けなかった。
でも、「上司に恵まれない」その言葉が私の頭をグルグル回って、胸がドキドキした。
机の下に置いてある鞄。
その中には私が、人生で初めて書いた「退職願」が入っている。
 
「この上司の下では、もう働けない」
そう思ったのは、3日前。
春の人事異動で室長が変わった。
前職を定年で辞め、2年間だけの再就職という人が新しい室長になった。
自分がいる間だけ無難に進めばいいという「ご都合主義」で、最初から気が合わなかったが、この3か月は特に大きな問題はなかった。
しかし3日前、私が作った資料の改ざんを理不尽に要求されたのだ。
「ここの数値をこれに直してくれへん?」
「えっ? これが正確な数値なんですけど……」
「これだと、少しだけど、うちの部署の売り上げが落ちているように思われてしまうやろ」
「そうですけど……それって、改ざんですよね」
「改ざんなんて、大げさやなぁ。このまま発表したら、私が責められてしまうやん」
……
売り上げが落ちたことには理由があった。
それを伝え、室長にも会議でそう説明して欲しいと頼んだ。
でも、無駄だった。室長は決して引き下がらない。
室長には頭が固いと罵られたが、私は最後まで頑固に改ざんを拒んだ。
しかし結局、同僚が修正した「故意に」間違えられた資料が出ることになってしまった。
悔しかった。
 
「この上司の下ではもう働けない。働きたくない」
そう思って、退職願を書き、今日の仕事が終わったら室長に渡そうと思っていた時だった。
「上司に恵まれない運勢」
妙に納得。そうか、運命だったのか。
 
夕方、占い師の言葉にも後押しされ、私は迷うことなく、室長に退職願を手渡した。
室長はそれを見て、「退職……」と顔色を変えた。
「あのな、あなたはまだ若いから、いろいろ考えていないと思うんよ。でもな、あなたが仕事を辞めるということは、夕食のおかずが一品減るということなんやで」
私が仕事を辞めることは、夕食のおかずが一品減るということ……
「何かが物足りない」ということだろうか、「この部署に私は必要」ということを言っているのか。
一瞬、私はそのように理解した。
だから退職しないで欲しいということなのかと思った。
でも、違った。
室長が私に言いたかったのは、私が仕事を辞めたらお給料が減るので、夕食のおかずが本当に一品減ってしまうという現実的な話だった。
夕食のおかずが一品減る……当然、何も心に響かなかった。
私はそのまま会社を辞めた。
 
次の職場に選んだのは、社員が10人程しかいない小さな会社だった。
健康に関する様々なセミナーを行うという、ちょっと珍しい仕事内容に惹かれて応募した。
入社してみるとそこは、指揮者のいないオーケストラのようなところだった。
みんな自由に仕事をしている。
誰かと協力するということがなく、みんな自分の裁量で仕事を回していた。
たまに行われる全体ミーティングは、動物園のサル山だった。
会議だというのに誰も全然自分の席に座らない。
スクワットしたり、ヨガのポーズをとったりとウロウロ落ち着かない。
そんな中でも強引に会議が進んでいくというのが常だった。
出張の多い仕事で、みんなが鉄砲玉だった。
一度出かけると、どこに行ったのかも、いつ戻ってくるのかも分からない。
報告の義務もないので、まさにやりたい放題であった。
 
とてもとても変わった会社だった。
もはや、「上司に恵まれない」どころではない。
就職先そのものに恵まれていないのではないかと思った。
 
でも、会社で提供している健康セミナーは絶品だった。
セミナーが始まると、参加しているお客様からは深夜の通販番組のような反応が得られた。
どんな会場でも、「そして? そして?」と瞳を輝かせ、みんな前のめりで話に夢中になっていく。
もちろんセミナーの依頼は後を絶たず、業績はうなぎ上りだった。
私もそんなセミナーが出来るようになりたかった。
でも、会社は昔かたぎの職人スタイル。
20代は私一人で、残りはみんな50代の大先輩だったにも関わらず、仕事を丁寧に教えてくれる人は誰もいなかった。
「見て覚えろ」
「技術は盗み見て、出来るように鍛錬しろ」
私は、スター性のあるセミナー講師にはなれなかった。
そのためにどうしたらいいのかも分からなかった。
ただただ無難で目立たない一社員だった。
上司達がテレビだとしたら、私は新聞。
じっくり正しい情報を得たい人は私が講師でもいいかもしれないけれど、大半の人はキャッチ―で魅力的なテレビの方を選ぶだろう。
真面目なだけの私の評価は社内でとても低かった。
今思うと、甘えていたのかもしれない。
でも、この雑で変な環境で、何のフィードバックももらえなかった私の仕事に対する意欲は、あっと言う間に枯渇してしまっていた。
 
そして、1年半という短い期間で会社を辞めた。
「あなたは上司に恵まれない」
また、この言葉が聞こえてくる。
 
社員は辞めた。
しかし、何となく悔しかった私は、バイトとしてこの会社に残ることを決めた。
実は子どもの頃から負けず嫌い。
上司には恵まれないとしても、私の事は認めてもらいたい。
バイトは1年契約で、社員の時以上に実力が求められる。
凡人の私は、見習いのマジシャン。このままでは、足を止めてはもらえない。
毎日勉強して、家族の前でセミナーの練習を繰り返した。
そんな日々をがむしゃらに送っているうちに、私は毎年契約を更新してもらえるようになっていた。
 
バイトになって、5回目の春が来る。
「力を貸して欲しい。会社に戻って来て欲しい」
何と社長が頭を下げて来た。
社員だった頃、何のとりえもないと言われ続けてきたのに、今年度の売り上げはスーパースターの社員達を抜いて、バイトの私が一番だったらしい。
「課長として、戻ってこないか」
魅力的。
とても魅力的だった。
でもその時ふと「あなたは上司に恵まれない運勢です」と言った占い師を思い出した。
また、組織に入る。
上司が出来る……
 
もうすぐ4月。
私はバイトのまま課長になる。
もちろん上司はいる。
でも、通常よりも少し歪な形にしたことで、私の運勢にも何か変化があるといいなと思っている。
 
バイト課長。
4月から始まるこの肩書き、実はすごく気に入っている。
 
 
 
 
***
 
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2020-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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