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メディアグランプリ

人生を豊かにするテンペ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松本初穂子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
わたしはインドネシアの住宅地で途方に暮れていた。目的のアートギャラリーが見つからない。ここまでバイクタクシーで着てしまったから、帰り方がわからないし、インターネットもない。もうすぐ夕暮れだ。さて、どうしよう……。
その日は朝から有名な仏教寺院の遺跡へ行き、炎天下のなか歩き続けていた。その疲れと、夕方なのに蒸し暑いインドネシアの気候に体力も気力もなくなっていた。
とりあえず大通りを見つけようと宅地をウロウロしていると、小さな商店を見つけた。店先では恰幅のいいおばちゃんがテンペ(発酵し、ブロック状に固められた大豆)と、豆腐に野菜を挟んだものを揚げていた。こんなところに外国人がうろうろしているのは珍しかったのだろう。おばちゃんは、どうしたの、と声をかけてきた。探しているギャラリーの名前を伝えると、ああ、それならこっちだよと言い、鍋の火も消さずに連れて行ってくれた。しかしあいにくギャラリーは閉まってる。仕方がないから店に戻ると、おばちゃんが揚げたてのテンペをひとつ渡してくる。まあ座ってテンペでもお食べ、お茶も飲んでいきな、と言うからいただいた。一口食べると、薄く揚がったテンペがカリっとして香ばしい。疲れた体には甘ったるいジャワティー(現地の紅茶)がしみた。ひたすら「テンペ、エナック(おいしい)、トゥリマカシー(ありがとう)」しか発さないこの外国人を、おばちゃんはニコニコ見つめていた。ここはどこだからわからないけど、なんとかなる気がしてきた。
数分すると、彼女のもとに近所の人々がやってきた。夕食用のおかずを買いに来たようだ。店先に座る珍しい外国人に興味津々の彼ら。英語を話せるお兄ちゃんを通じて、質問攻めが始まった。どこから来たのか、何歳なのか、結婚しているのか、明日はどこへ行くのか……。テンペや豆腐をつまみながら話が止まらない。揚げ物を続けるおばちゃんは、わたしに揚げたてを次から次へとよこし、お茶をもっと飲んでね、とおもてなしをしてくれる。なんだか、日本のおばあちゃんちにいるような気分になり、くつろいでしまった。
ひと段落してそろそろ出ようと代金を支払おうとすると、おばちゃんは断固として受け取らない。これはわたしのおごりだよ!と、ものすごい剣幕だ。まるで金を払うことが悪いことのようだった。そしてこの迷子の外国人をよろしく、と英語を話せるお姉さんにわたしを引き渡してくれた。最後までお世話をしてくれたおばちゃんはわたしにとって商店の店主ではなく、インドネシアのおばあちゃんになった。その夜ホステルに戻り、ふと「そういえば、あのおばちゃん全然英語話してなかったよなぁ」と気づいたのだった。
おばちゃんのやりとりは「トゥリマカシー(ありがとう)」「エナック(おいしい)」「テンペ」の3単語で成立していたのだ。わたしのインドネシア語は超乏しく、おばちゃんは全く英語を理解しなかった。それなのにわたしたちの意思疎通は完璧だった。わたしたちをつないだのは言葉だけではない「何か」だったのだと思う。では、その「何か」は何だったのか。それは表情であり、手ぶりであり、そして互いが相手を察知する感覚であった。初めてわたしと見かけたとき、おばちゃんはわたしの国籍も職業も全く知らなかった。なんとなく「困ってそう」と察知して、心配し、面倒をみてくれた。そしてわたしもあのおばちゃんについて「商店の店主」以外なにも知らなかったが、何だか助けてくれそうと思いついていった。
この「何となく」という勘は相手の「感じ」から生じるもので、実際の場でなければ生まれない。インターネットや本からは決して生まれないものなのだ。そしておばちゃんがテンペをおごってくれたのも、おそらくわたしを客ではなく「困っている外国人」ととらえ、商店の店主ではなくおばちゃん自身として優しさをもって接してくれたからだろう。
つながりとは、人が誰かと共有する時間と空間があって初めて生まれるものだ。そのとき言葉がなくてもいい。大切なのは実際にふれあい、想いを伝えあうことだ。このふれあいによって生まれるつながりは強烈な記憶となって心の中に残り続け、時間や空間を超越する。わたしはあの揚げたてのテンペと、あの時味わった感情をいつ・どこでも思い出すことができる。あのおばちゃんと記憶のなかでつながっているからだ。わたしはこういったつながりの数々こそ人生を豊かにしてくれると信じてならない。
 
 
 
 
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2020-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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