マインドフル通勤のススメ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:大石 忠広(ライティング・ゼミ日曜コース)
【18分】である。
私が自宅から最寄り駅まで徒歩で行くのに掛かる所要時間のことだ。
正直に言って、この18分は私にとって「苦痛」だ。
自宅を今の場所に決めたときは
「駅からけっこう距離があるけど大丈夫かな?」
と悩んだのは事実だ。以前は比較的駅の近くに住んでいたからだ。しかし、諸般の事情(主に予算なのだが)を考慮した結果、駅までの距離は妥協せざるを得なかった。
この18分が苦痛なのには理由がある。
じつは自宅と駅の間にはちょっとした低地エリアがあり、駅に行くためには長い下り坂と長い上り坂を超える必要があるのだ。夏場は坂を上りきるともう汗だくである。バスも通ってないわけではないが、私が通勤する時間にタイミングが合わない。坂道が長いので自転車も電動アシストしてもらわないとちょっと厳しい。
「まぁ、健康維持のために歩くのも悪くないよな」
と自分に言い聞かせ、すべてを承知の上で今の自宅を選んだのだ。
「後悔などあろうはずがない」。
と、イチロー選手のような潔いコメントが出せればよいのだが、残念ながら駅までの徒歩18分に関しては「後悔していない」と言えばウソになる。
移動だけに費やされる18分がどうにも苦痛なのだ。
電車に乗ってしまえば、本を読んだりスマホを見たりして移動時間も有効活用できるのだが、徒歩だとそうはいかない。音楽や学習教材を聴きながら歩くのも試したが、歩きながら聴くのはどうにも集中できず断念した。
自宅から駅に行く最短経路はひとつしかなく、必然的に同じルートを選ばざるを得ない。毎日代わり映えのしない、いつも同じ風景の中を、いつも同じペースで春も夏も秋も冬も歩いてきた。かれこれ10年になるだろうか。我ながらよくここまで耐えてきたものだ。これがあと何年続くのだろうと思うと暗い気持ちになる。
ところが最近、あれほど苦痛だった18分が苦痛でなくなりつつあるのだ。
きっかけは、知人に勧められて読んだ本に書かれていた「マインドレスネス」を知ったことだ。
近年「マインドフルネス」という言葉が流行しているが「マインドレスネス」は「マインドフルネス」の反対を指す言葉だ。
そもそも「マインドフルネス」とはどういうことか?
その本では「マインドフルネス」がどういう状態なのか読者がイメージしやすいように、逆に「マインドフルネスでない状態」=「マインドレスネス」とはどういうことかを述べていた。
曰く「マインドレスネス」とは「オートパイロット状態」のことであると。
「オートパイロット」とは「自動運転技術」のひとつで、目的地をセットするだけで運転者が操作しなくてもコンピュータが乗り物を自動で目的地まで運んでくれる技術だ。決してSF映画のような未来技術ではなく、今でも航空機に搭載されている実用化技術だ。「オートパイロット」自体は非常に便利な技術なのだが、それに頼りすぎると「今この瞬間に起きている変化」に意識が向かなくなってしまい、本当に重要なものを見過ごしてしまう。これこそが「マインドレスネス」であり、その本は、今この瞬間に起きている変化に意識を向けることの必要性を主張していた。
(……これだ。オートパイロット状態だ)
私は自分が苦痛だと思っていた18分間がまさに「オートパイロット状態」、つまり「マインドレスネス」であったことに気づいた。目的地は駅。最短経路はコレ。事故やトラブルに遭わないように気を付けて。あとは自分の肉体という乗り物に乗り込んで、目的地に着くまでじっと待つ。とにかく駅に着きさえすれば、本を読んだりスマホを見たりお楽しみが待っている。それまではガマンガマン……と。
なんということだ。
私は「マインドフルネス」について本で読んだ程度の知識しかないが、その考え方には共感していた。マインドフルネスの考え方は、私が趣味で学んでいる東洋の哲学、中でも「禅」の思想に極めて近い。複雑で変化が激しいこの世界をよりよく生きるのに必要な考え方だと思っている。
それなのに、まさか自分が「マインドフルネス」とは正反対の「マインドレスネス」な状態に10年間もあったなんて。
ここで気づけてよかったのかもしれない。まだ間に合うはずだ。
これまでマインドレスネスに歩いてきた18分を、明日からはマインドフルネスに歩いてみよう。そうすれば「苦痛でしかなかった18分」は「変化と発見を楽しむ18分」に変わるはずだ。
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