娘の涙と私の決意
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:三木 幸枝(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「お母さん、私、死ぬのかな……」
午前1時のこと、3時間ほど前に布団に入ったはずの娘が、起きてきて大粒の涙を落とした。
数日前、10歳の娘が「頭ががぼーっとするから、熱計って」と言ってきた。
37.4℃。私は青ざめた。コロナかも。とっさに娘と距離をとり、自分にマスクをし、娘にもマスクをさせた。
どうしよう、どうしよう。
もし娘がコロナであったなら、私は濃厚接触者。明日からもう出勤できない。
職場にも迷惑をかける。夫も同じ状況だ。
休業中の子どもの世話を頼んでいる実家の両親も、重症化リスクの高い高齢者だし、もう頼れない。
夫と私が休んで、娘を含む子どもたちの世話……。
まだ幼い10歳以下の子ども三人。家庭内感染は避けられない。
外出せずとも毎日の食事をまかなえるだけの食材はあったっけ……。
ぐるぐると最悪の事態に対するイメージが巡る。
「……お母さん?」
「ああ、ごめんごめん」
とりあえずの返答をした。
「コロナではないと思うけど……、寝冷えしたんかな。とりあえず体を休めて元気になろう」娘に安心感を与えようとして、根拠のないことを言ってみる。けれど、上滑りで心ここにあらず。娘としっかり目も合わせられず。
その後、37℃台の熱が2日続いた。
感染が確定した後のことばかり気になり、ネットの情報を調べては、これからどうなるのだろうと不安ばかり募る。
自分もすでに感染しているかも。昨日も今日も出勤した。あとでこの状況を知られたら何と言われるだろう。なんともいえない所在なさ。
帰宅しては、毎日の家事に加え、体力のあり余った子どもたちの相手と娘の世話。
張り詰めた数日にすっかり憔悴してしまった。
「お母さん、私、死ぬのかな……」
冒頭の一言は、私に心の余裕が全くなくなっていた、娘の発熱3日目のこと。
自分がコロナで死んでしまうかもしれないという恐怖で、布団に入っても全く眠れず、ずっと泣いていたようだ。
普段から我慢強く、あまり感情の起伏が激しくない娘の泣きはらした顔に、私は衝撃を受け我に返った。
娘にひどいことをしてしまった!
娘は気管支喘息という持病があり、コロナ感染すると重症化する恐れがある。
なので、ほぼ家からは外出させなかったし、手洗いうがいを徹底させていた。
予防の大切さを伝えるために、コロナにかかった時の大変さや恐ろしさを繰り返し伝えてきた。
けれど、そもそもコロナウィルスがどんなもので、今世界の状況がどうなっていて、感染を防止したり抑えるために、どんな人々がどんな努力を積み重ねているかなどを、まったくと言っていいほど伝えていなかった。
その結果、娘を、ただやみくもにコロナウィルスを怖がるという状況にさせてしまっていたのだ。
敵を知って正しく怖がる、という視点が欠けていた。
目先の対処ばかりを考えて、不安に思う娘の気持ちまで考えられていなかったのだ。
「ちがうちがう! 絶対、○○ちゃん(娘の名)は死なんよ! お母さんが死なせんよ! 心配せんでもええよ!」
娘の涙に目が覚めた私は、最初と同じく根拠はなかったけれど、娘の目をまっすぐ見て強い口調で言いきった。
コロナかどうかわからないけど、娘に今必要なのは、母である私が全力で守ってくれるという確信だ!
娘の涙に強さと冷静さを取り戻した私は、今現在把握することのできる知識を得て、改めて娘を励ますことにした。
例えば、ご飯を食べさせては、「おいしい? 味わかる? わかるんなら、大丈夫! コロナだったら味がわからなくなる人がおるってきいたよ。わかるなら心配ないよ」と。
娘は私の言葉や態度に安堵の表情を浮かべた。なんとなく、顔のつやもよくなった気がした。
励ましながら握った娘の手が、ものすごく荒れていたのに驚いた。
コロナにかからないように、また、発熱してからは特に、一日に何度も何度も手を洗っていたようだ。不安に押しつぶされそうになりながら手を洗う娘の姿を思い、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
私たち大人は、テレビやネットで、自分が欲しいと思うだけの情報を得られる環境にある。しかし、学校休業中の10歳の娘には、親のフィルターを通した情報しか得ることができない。
まだ子どもだと思い、また自分のことに必死になりすぎて、必要な情報を届けるのを怠っていたと思う。
コロナの怖さだけでなく、打ち勝つための情報やまた、過酷な状況下で頑張っている人達のこと、また、どういう理由で学校を休み家にいるのか、などを丁寧に説明した。ネットにあがっていた、子どもにもわかりやすいように図解されたものも見せた。
娘はとてもほっとしたようだ。後から聞いた話によると、初めて熱が出たときの、私のよそよそしい態度がとてもショックであったようだ。
手洗いうがいなどの予防策に気が行き過ぎて、娘の気持ちを推し量ることを忘れていた。
子どもは大人より何倍も敏感である。行き先が見えなくて不安なのは、大人だけではない。
結局、娘の熱はその後すっかり下がり、今のところ何の症状もなくほっと胸をなでおろしている。
しかし、私には、衝撃的な出来事であり、危機的状況での自分自身の在り方を見つめるよい機会となった。
今、全国的に大変な状況となっている。命を守るため、買い占めをしないことや三密をさけることなど、具体的な行動も必要であるが、長期化が予想される今、心のケアも忘れてはいけない、絶対に。
感染防止対策が進められているなかで、全国的にDV被害がふえているとの報道もある。
コロナに感染しても、十分に休養したり、適切な治療を施せば全快するかもしれないが、心に受けた深い傷は一生治らないかもしれない。
具体的な対策を考えるのは専門家にお任せするとして、私は、自分にできることを地道に行おう。
この危機的な期間を少しでも穏やかに過ごせるように。
まずは家庭のなかで、子どもたちには正しい知識を伝え、そして、心から寛げる空間を作っていく。
娘の手にハンドクリームを塗りながら、背筋を伸ばした。
***
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