クリームパスタが食べたかった日のこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ゆりのはるか(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「ただいまご利用いただけません」
画面に並ぶその文字を見て、わたしは落胆した。
甘かった。予想もしていなかった。
Uber Eatsが利用できないなんて。
少し考えればわかったはずだ。
もう3月だというのに、その日は雪が降っていた。
Uber Eatsは、天候が悪いと配達員の安全確保のために営業を中止するという。雪が積もって地面も凍っている状況で、営業しているわけがない。なんで気付けなかったのか。
冷蔵庫は、からっぽだった。
こんなときに限って、何も準備していない。あのお店のクリームパスタ、どうしても食べたかったのに。少し悲しくなった。なんで楽をしようとしてしまったのか。欲しいものは自分で手に入れないとだめだって、痛感したところだったのに。
ため息をついて、外を見た。
雪は降り続けている。
状況はなにも変わらない。
「……もう、なにもいらないか」
こんな悪天候のなか、出かける方がどうかしている。
まだ何も食べない方がましだ。
わたしは、クリームパスタを諦めた。
いつもこうやってわたしは、めんどうなことを避けて、その場にある最善策を探してしまう。
だから、本当に欲しいものはいつだって手に入らない。
あれは、今年の元旦のことだった。
「彼女できたから、連絡しないでね」
大好きだった人から突然そんなLINEが来た。
元彼とは言えない、曖昧な関係の人。
とはいえ、その人とはもう何ヶ月も連絡をとっていなかった。なのに、よりによって新年が始まる記念すべき日に、わたしにこんなことを送ってきた。
あてつけかと思った。彼のLINEのアイコンは、可愛い女の子との2ショットに変わっていた。俺はこんなに幸せだからもうお前なんていらない、と言われている気がした。
「……急に連絡してきて、どういうつもり?」
わたしは怒りに震えて、彼のことをブロックした。
でも本当は、悲しくてたまらなかった。
わたしは、彼のことが好きだった。彼と最後に会ったのはもう1年前なのに、まだ忘れられていなかった。
仕事が忙しい人だったから、会うのはいつも彼の家だった。一緒にご飯を食べて、他愛もない話をする。映画を観て、そのまま2人で眠りにつく。そんな時間がたまらなく愛しくて、同じ時間を過ごすたびに、わたしは彼のことが好きになった。
でも、わたしたちは恋人ではなかった。
わたしは一度も彼に「付き合って欲しい」と言えなかった。彼も何も言わなかった。何も言われないということは、この関係性に名前をつけたくないんだろうなと、勝手に判断した。
一度だけ、聞かれたことがある。
「俺のこと、どう思ってるの?」
好きだ、と言えばよかった。付き合いたい、恋人になりたいって、言えばよかった。
でも、わたしは何も言えなかった。
「……」
黙りこくっているわたしを見かねて、諦めたように彼は言った。
「いつも、受け身だよね。観る映画も、食べるものも、全部俺にまかせっきりでさ。どこにも意思がない。俺が決めるのを待ってる。何考えてるのかわかんないよ」
そうつぶやくと、彼はもう、わたしに何も聞かなかった。
彼はおもむろに立ち上がると、おなかがすいたと言って、コンビニでグラタンを2つ買ってきた。1つもらうと、わたしは黙ってそれを食べた。グラタンはパサパサしていて、あまり美味しくなかった。
本当はわたし、クリームパスタが一番好きなんだよ。
言いたかったけど、言えなかった。
その日も、雪が降っていた。
彼に嫌われるのが怖くて、わたしは全てを彼に合わせていた。彼が観たい映画を観て、彼が食べたいものを食べた。何がしたいとか、何が欲しいとか、一度も言ったことがなかった。それがだめだったのだ。
彼のことが好きなら、「好きだよ」って言うべきだった。
彼と付き合いたいなら、「付き合いたい」って言うべきだった。
欲しいものは「欲しい」と言わないと、永遠に手に入らない。
相手の様子をうかがって、無理だと思って諦めてしまえばそこで終わり。自分が「欲しい」と思っているものが簡単に向こうから来てくれるほど、世の中甘くないのだ。
「ただいまご利用いただけません」
Uber Eatsに表示されたその文字を見たとき、わたしはとっさに、彼から来たLINEのメッセージを思い出した。
「彼女できたから、連絡しないでね」
それは、相変わらず受け身なまま、欲しいものを楽に手に入れようとした、自分への罰のように思えた。
欲しいものがあるなら、きちんと「欲しい」と言う。そして、それを自分で掴み取りに行く。本当に欲しいものを手に入れるためには、意思をもって自分で動かなければならない。簡単に諦めず、向き合わなければならないのだ。
彼とはもう、連絡をとることはできない。
でも、クリームパスタを買いに行くことはできる。
外は雪が降っているけれど、傘を差して足元に気を付ければ出られないわけではない。お気に入りのパスタ専門店は家から徒歩10分。そんなに遠い距離でもない。
「やっぱり、買いに行こう」
今、行かなければ後悔する気がした。
些細なことだけど、こういう選択の積み重ねがこれからの自分を作っていくと思った。
コートを着て、外に出る。
雪は、さっきよりももっとひどくなっていた。
それでもわたしは、クリームパスタを買いに行く。
自分の足で動いて、欲しいものを手に入れるのだ。
何もせずに諦めるより、この方がずっといい。
わたしはパスタ専門店に向かって、まっすぐに歩き出した。
***
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