無視は無視しろ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:郡山秀太(ライティング・ゼミ日曜コース)
なんか、おかしい。
社会人にもなって、無視されるとは思ってもみなかった。
2008年、僕は専門学校を卒業して、就職した。
一番はじめに入社したところは、就業時間が朝の8時45分から夜の24時ぐらいまでだった。ずっとパソコンと、にらめっこをするデスクワーク。
業界的に普通の就業時間だったそうだが、肌に合わず、半年で退職願いをだす。
次の仕事が本決まりするまで、工場の派遣で食いつなごうと思いついた。
当時、派遣法が改正され、派遣の仕事があふれていたから。
面接を受けた次の週には遠方の派遣先が決まった。
派遣はすごい。部屋も寝具も一週間の食料も派遣会社が用意してくれるのだ。
旅行気分で転職することが可能だった。
工場は、時間にきびしくて、嬉しかった。
朝の遅刻はもちろんだが、終わりの時間にもきびしいのだ。
朝6時から仕事を始め、昼の3時にはピタッと作業が終わる。
サービス残業などまずありえない。
前職と比べると天国だ。
毎日夜の12時過ぎまで机に向かっていたので、今は昼の3時に仕事が終わるなんて異世界に来た気分。
逆に何をしたらいいのかわからないくらい自由だ。
居心地もいい。
数ヶ月があっという間に過ぎ、工場で友達できた。
全国各地から僕みたいに派遣されてきているから、いろいろな人がいる。
そのなかでも特に仲良くしていたNさん。
ひと回り年上だが、話しやすいし、面白い。
工場ではチームで仕事をしていて、Nさんはその中心となっていた。
Nさんのおかげで工場の仕事は楽しかった。
仕事が終わると、よくご飯にいき、休みの日は持ってきていたスーパーファミコンで一日中遊んだりもした。
正直、派遣の工場は一時しのぎにするつもりだったのに。
こんな楽しい生活が続くのならば、ずっとここにいてもいいな、と感じていた。
水が干からびないのならオアシスから出る必要ないのだ。
派遣先では身一つで来ているため基本移動は歩きだったが、金銭的にも余裕がでてきたタイミングで自転車を買うことにした。
20インチの小さい自転車。
休みの日、Nさんと遊ぶ約束をしていたので、買ったばかりの自転車で出かける。
「お、自転車買ったの? いいねえ、金持ちは」
と、冗談をいいながら、近くのゲームセンターへ遊びにいく。
夕方になり、そろそろ帰る雰囲気。
Nさん宅に到着すると、相談された。
「あのさ、その自転車貸してくれない?」
Nさんの頼みだ。二つ返事で貸すことにした。
まさか、あんなことになるとは思いもしないで。
自転車は二週間帰ってこなかった。
Nさんとの関係を壊したくないから、なかなか返却の話ができなかった。
仕事終わりに、Nさんが颯爽と僕の自転車で帰っていくのを見て、すこし気持ちがざわつく。
たまらず、返してほしいことを伝えた。
「もうちょっと。もうちょっと貸してよ」
「2週間も貸してるじゃないですか。お願いします」
僕なんでお願いしてるんだ、と内心イライラしていた。
すこし強引だったが、返してもらった。
Nさんはその時、ごめんごめんって笑顔だった。
次の日、違和感を感じた。
Nさんがそっけないのだ。
話しかけても、一言で終わる。目をあわせてくれない。
昼食は、工場の社員食堂を使う。
いつも同じテーブルで食べていたのに、あとから来たNさんは離れたテーブルに座った。
次の日も、離れたところで、チームのみんなと談笑している。僕が会話に入ろうとするとNさんだけ黙る。Nさんが中心だからみんなも黙る。
無視だ。
僕ははっきりとそう思ったが、チームのみんなは特になにも感じていないようだった。
仕事のチームからは抜けられないのに、チームの輪には入れられていない。
悔しいやら情けないやら。徐々に心がすさんでいくのがわかる。
そんな空気が一ヶ月続いた。
オアシスの水は干からびていた
工場には同じチームだったけど人員整理で、他のチームに引っ張られていった同僚がいた。
その中のひとり、Aさん。この工場に来たとき新人研修が同じで、元々は同じチームで仲良くしていた。
5つ年上で、元ヤンキーらしい。ズボンはいつもトランクスが見えるくらい腰で履き、靴はいつもティンバーランド(当時、ヤンキーといえばティンバーランドだった)。
見た目、悪そうだが、実はいいひと。
Aさんは、僕の今いるチームの雰囲気は知らない。
たまたま、Aさんと帰りがいっしょになり、ラーメンを食べに行こうということになった。
スーパーの駐車用に週に何度かお店をだす屋台のラーメン。
「最近どうよ」
Aさんは会話のワンクッションとして発しただけだろう。
だけど、そんな無邪気な質問に、心のダムが決壊。
すべてを吐き出してしまった。
Nさんのこと。チームのいまの雰囲気のこと。
「そうか、そうか」
Aさんは真剣な表情で僕の話を聞いてくれていた。
アドバイスも挟まず、反論も挟まず、ただ聞いてくれた。
溜まった言葉がなくなり、無言になってしまった。
「大変だったな」
ラーメンを食べ終わったAさんの言葉が刺さる。
普通の言葉が、間違いなく僕を肯定してくれていた。
あんなにすさんでいた気持ちが少し晴れたのがわかった。
ああ、そうか。僕は自分で自分を一人ぼっちにしてしまっていたんだ。
味方がいないと、勘違いしていたんだ。
無視は怖い。何も言葉は発しないが、行動で人を攻撃してくる。精神を削っていく。
しまいには自分で考えこみ、落ちていく。
味方がいないと思いこむ。
そんなネガティブな妄想をAさんがこじ開けてくれた。
Aさんという味方がいる、それだけで元気になれた気がした。
「無視は無視しろ。なんつって(笑)」
Aさんはニヤニヤしていた。その日はラーメンをおごってくれた。
気持ちが、軽い。
次の日、Nさんに相変わらず無視される。
でも、今日の僕は違う。
このチームと仲良くしたいんだ。
だから、コミュニケーションを取ることにした。
すると、あんなにチームの空気が悪いと思っていたのに、意外とそうじゃない。
他のメンバーに話しかけると普通に会話してくれる。
それが嬉しくてめちゃくちゃ喋った。冗談も言えた。笑いも取れた。
なんだ。いい人ばかりじゃないか。
その日はもちろん、次の日も、またその次の日も積極的に話かける。
チームは僕を受け入れてくれていた。
もともとそんな悪い雰囲気じゃなかったのだ。
オアシスの水が、また満たされていく。
逆にNさんが輪に入れなくなってきた。
僕が話すと、さっきまで話していたNさんが黙る。
そこでAさん直伝の「無視は無視」。
無視されていることを気にせずチームの会話にはいる。
Nさんは僕を無視するので、会話にならない。
それがあからさまに見えたのか、他のメンバーが「Nさん、なんか変だね」と言うようになっていた。
このチームでは、ちょっとずつNさんの輪がなくなっていたが、別のチームで輪を作っていた。Nさんは強かった。
それはそうと、派遣を辞めるまで平和な日々が続くことになった。
例のラーメン屋台でAさんに事後報告。
《無視は無視》
いいこと教えてくれてありがとうございます! と伝えた。
「俺はそんなこと言ってない」
Aさんには、いまも頭があがりません。
***
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