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道に迷ったら意外な場所にたどり着いた話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石見由起(ライティング・ゼミ 日曜クラス)
 
 
「もう少し、先のことを計画的に考えた方がいいと思います」
会社の後輩に真顔でこう言われたことがある。それも8歳も年下の後輩に。大きなプロジェクトが終わった後の打ち上げで、そんなお酒の席とはいえ余りにもストレートな物言いに、私は固まってしまった。
ただ後輩の顔を見つめると、表情は真剣そのものだった。冗談交じりで本音を言ってやろうというような作り笑いも無い。言わずにはいられなかった、という崖っぷち感に溢れていた。
「そうね……、考えてみるよ」と答えて家まで帰る道すがら、たくさんのことが頭をよぎっていた。
 
振り返ってみると、似たようなことは以前に何度も言われた覚えがあった。
会社の上司には「どこがゴールなのかを決めて、計画を立ててから行動しようね」と、あきれ顔で諭されたこともある。
もっと振り返ると、「だから計画的に宿題やりなさいって言ったのに!」とキレられたこともある。これはもちろん、夏休みの最後の日に母に言われた言葉だ。
 
私はいつも目の前にある面白いことに夢中になり、大事な約束を忘れた。計画を立て、最短距離で目標達成するということが、とても苦手だった。
つまるところ私は「行き当たりばったり」で、信頼に値する人物ではなかったのだ。
 
そんなことを鬱々と悩んでいる時に、友人から旅行に誘われた。目的地はジェノヴァ。イタリア北部の歴史ある港町である。誘ってくれたのは友人のあけみちゃんだった。しっかり者の彼女は友人の間でも信頼が厚い。暗い気分で沈みがちだった私は二つ返事で誘いを承諾した。
そしてこのジェノヴァ旅行が、のちに私の価値観を一変させることになる。
 
皆さんも経験があると思うが、旅行の準備というものは非日常的に楽しい。着替えの組み合わせを考えるのも、体調不良に備えて持っていく薬を選ぶ時ですら楽しい。
そんな浮かれた気分のまま成田空港から飛び立ってジェノヴァに到着したとき、私はこの先の夢のような10日間を思い描いていた。……が、現実はそう甘くはなかった。
しっかり者のあけみちゃんにとって、私の態度はあまりにも「行き当たりばったり」だったのである。
「起きるのが遅い!!! 今日は大聖堂を見て写真を撮って、夕食を食べるレストランも決めてるんだからね!」彼女の顔に見慣れた表情が浮かんでいた。
あぁ、またか。また私の計画性のなさが誰かをイラつかせている。落ち込んだ私は、その日は彼女と別行動を取ることにした。
 
午前10時。やっと起きた私は一人でホテルの外へ、ぶらぶらと歩きだした。
南国の太陽はとても高く、道に濃い影を落としていた。その影の中で、猫たちがのんびり身づくろいをしていた。あっちの猫、こっちの猫をからかいながら狭い路地に入り込み坂を上っていくと、いつの間にか町の高台にある小さな教会にたどり着いていた。
そして出会ったのが、結婚式の一団だった。
 
今でも忘れられないのは、大輪のヒマワリのような花嫁の笑顔と賑やかな付き添いの集団。この付き添いのスーパーフレンドリーな叔母様たちが、見ず知らずの私を結婚式に参列させてくれた。誰もが笑顔で、暖かくて、幸せそうだった。
私はさっきまでの悩みがどんどん縮んでゆき、不思議なことに体まで軽くなった気がしていた。進められるままケーキとワインを頂き、理解できないイタリア語のマシンガントークの中で思い切り笑っていた。
そして、そろそろホテルへ帰ろうとした時、はっと気が付いた。
私、帰り道がわからない……。
 
私は道に迷ったまま笑い出していた。
何処にいるのかも帰り道も分からないのに、最高に幸せな気分で、海からの風が気持ちよかった。あの新郎新婦や結婚式の参列者たちに、もう二度と会うことは無いだろう。それでも出会えた人々の笑顔が永遠に続くことを、心から祈っていた。
 
ホテルに帰ったのは、午後9時。
親切にも日本語が話せる花婿の友人が、私をホテルまで送ってくれた。ただし、ホテルに着いてからが大変な騒ぎだった。
「何をやっていたのよ、こんなに遅くまで。連絡しなさいよ。誰? その隣にいる人? チャオとか言ってるんじゃないわよ!」
怒りが収まらないあけみちゃんに何度も謝り、やっと機嫌を直した彼女と、ジュリオと(彼の名前はジュリオだった)、三人でお茶を飲み一件落着となった。
 
そしてこのイタリアでの迷子事件、大変な後日談がある。
その三年後、なんと新郎の友人、ジュリオと結婚をするという事になった。
誰が結婚するって?
もちろんあけみちゃんがね。びっくりでしょう?
あの時私が寝坊をしなければ、猫を追って路地を曲がらなければ、そして、もし私が「大丈夫、一人でホテルに帰れます!」というしっかり者だったとしたら?
彼らの人生は決して交わることは無かったに違いない。「行き当たりばったり」の私が道に迷ったおかげで、この奇跡の縁を取り持つことができたのだ。
悲しいことに現代人はなかなか道に迷えない。グーグルマップが、カーナビが、否応なしに目的地へと連れて行ってくれる。それは便利な事ではあるけれど、同時に目的以外は目に入らなくなる。途中の景色がどんなに美しくても、立ち止まって眺める機会を失ってしまうかもしれない。
確かに私も地図のない旅は怖いと思うが、曲がり角の先に思いもよらない体験が待っている可能性にワクワクするのだ。
 
今なら、あの素直で正直な後輩に言えるような気がする。
「そうね……、考えてみるよ。でも時には計画を捨ててみたら、想像を超えたプレゼントを貰えるかもしれないよ。そんな時は私に相談してね。」
 
 
 
 
***
 
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2020-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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