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メディアグランプリ

マンションのにじり口から


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:池水麻衣子(ライティング・ゼミGW集中コース)
 
 
しゅんしゅんと湯気をふき上げる
大きな魔法のランプみたいな黒い釜の前に座って
先生に言われるがまま「茶筅」と呼ばれる
竹製の泡立て器でお茶をかき混ぜていた。
 
久しぶりのい草の匂いと、徐々に強くなってくるお茶の匂い。
少し薄暗くて、狭い空間。
シャカシャカと竹が茶碗をこする音。
 
お茶を点てるのも、先生と会うのも、今日が初めてだというのに
わたしは実家のお布団の中にいるみたいな深い安心感を覚えていた。
呼吸が深くなって、気持ちいい。
頭の中のノイズが、掃除されていくような感覚。
 
「もう、いいと思いますよ」
 
無心で茶筅を振っていたが、先生のその言葉でふと我にかえった。
 
もともと茶道というものに興味があったわけでもなく
アイスクリームは好きだけど、抹茶そのものが好きだったわけでもない。
こと茶道に対しては「形式主義」「ブランド志向」「意地悪」「古臭い」ネガティブなイメージしかなく、いつだったか、当時はまだ彼氏だった夫と結婚式の会場見学をした際
越路吹雪のような年配の仲居さんがお抹茶を振舞ってくれたことがあったが
「作法に関して、いきなり何か怒られるのではないか」と二人でビクビクしながら飲んだ。
その時にいただいたお茶は味わいも何もあったものではなかった。
 
そんなわたしだが、年齢を重ねるにつれお付き合いでお茶席に声をかけていただくこともでてきた。大人の教養として一通り知っておかなければいけないと腹をくくり、
三十の手習い。インターネット検索で近所にあったその教室を見つけた。
 
初心者向けを謳ったそこは家からバスで10分ほど離れたマンションの一室。
日本庭園の中の茶室をイメージしていたわたしは、問い合わせの際にマンションの一室と聞いて少々がっかりしたが、いざお邪魔してみると北欧風のインテリアと、和のテイストが絶妙に調和していて先生のセンスの良さが伺えた。
15畳ほどのLDKの一角に2畳の畳が敷かれており、道具を置いて、先生とわたしの二人が座れるのがやっとのスペース。
 
先生は女性で自分の母親と同じくらいの年齢だろうか。以前教壇に立っていたというその女性は線が細く柔和な雰囲気で、今まで抱いていた茶道家のイメージとは全く違っていた。
 
それらしく泡立ったお茶をダイニングテーブルまで運んで、お菓子の入っていたお皿の位置を変えたり、お茶碗を回したりを言われるがままに行い、自分で点てたお茶を初めて飲んだ。
ふーん。お茶碗を回すのって、なんの儀式だよって思っていたけど正面の柄を避けるためなのか。
 
「あとは自由に味わって」という先生の言葉に安心して、お抹茶を口に含んだ。
 
「あれ、すごく美味しい」
 
最近飲んだ抹茶といえば、オフィスのカプセル式コーヒーマシーンで入れたものだが
香りと味わいがそれとは全然違っていた。
きっとお茶の表面の無数の泡が口に含んだ時に弾けて、香りがたっているのだ。
先ほど一口で食べさせられた甘い砂糖菓子の余韻が相まって、ほろ苦さがこの上なく美味しく感じられた。今まで味わってきた抹茶フレーバーのお菓子にありがちだった草のような後味もない。
 
でもそれより何より、さっき味わった謎のリラックス状態はなんなんだろう。
茶釜の前に座ったのなんて生まれてはじめてなのにずっと前から知っているような。
 
それに、今日のわたしは仕事帰りで頭も体もクタクタだったはずなのに
温泉から上がった後のようにスッキリしている。
知らないうちに肩こりも気にならない。
 
なんなんだ。
なんなんだお茶。
すごいぞお茶。
これが本物のお茶!
 
それがわたしと茶道との出会いだった。
 
それから約1年と半年。四季折々のお点前をやっと一周したところだ。
季節ごとに変わる和菓子は目にも舌にも美味しく
掛け軸の言葉、道具の一つ一つの言われ、利休の残した哲学。
何もかもが新鮮で、知的好奇心をくすぐられ、わたしはまんまと茶道にはまっている。
「形式主義」と思っていた様々なしきたりには一つ一つ意味があり、それらが全て客人をもてなすための所作であると知った。客の所作も、茶席をプロデュースする亭主や同席する方々への配慮の凝縮である。
「ブランド志向」は現実としてそういう茶人も確かにいるが、高価な茶器を客人に使うのは見せびらかすだけの行為ではなく、やはり特別感を客人に味わってもらうための手段の一つだと捉えることもできた。
 
茶室には小さくて狭い「にじり口」という茶室建築特有の扉が設けられている。
利休の生きた時代、身分の上下関係は絶対的なものだったが、茶室の中では、まず刀と共に自分というものを一度捨て、お互いにひとりの人間として対峙しようという利休の思想の元に作られたものだという。
今まで背負ってきた思い込みを置き捨て、わたしはにじり口をかろうじてくぐったあたりだろうか。
その先の道の深さと果てしなさは想像に難くない。
ただいつの間にか背負っていた荷物を捨てたわたしの心は軽く、果てしない旅路に今はただ胸を踊らせている。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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