メディアグランプリ

旧友の唐突な質問は、対話の鮮度を蘇らせる裏ワザだった。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:庵 雅美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「大学を卒業してから仕事をしたの? もしそうならどんな仕事? 結婚はした?」
 
パリに住む旧友からの質問だ。
 
えー? そんなこと知らなかったっけ? 忘れちゃったのー⁈ 私はかなり驚いて、悲しいような、憤るような、複雑な気持ちになった。旧友とは長いつき合いなので、私の基本データは知ってるとばかり思っていた。
 
しかし、それは私の勝手な思い込みかもしれないという考えもよぎった。それは、彼女がパリ在住だったからだ。日本のように察することを良しとする文化の中に生きていない。彼女が言うのだから、きっと本当に知らないのだろう。
 
私は返信を急いだ。基本データを知らなければ、それまでメールでつぶやいていたことはきっと伝わっていない……。そう思ったら、急激に伝えたい欲求が高まってきた。
 
1ヶ月程前に彼女から連絡をもらい、長いメールのやり取りをしているところだった。パリはロックダウンで時間に余裕ができたようだ。前回再会したのは4年前になるから久しぶりだ。
 
学生時代、私たちは大学の近くにある渋い日本庭園に寄り道しておしゃべりをした。どんな話をしたかは詳しく覚えていない。彼女はリチャード・バックの『イリュージョン』が好きだった。創造性や自由の意味を問う小説だ。おそらく私たちは、創造的であり、自由である人になりたいと思っていた。
 
彼女は卒業後まもなくパリに渡った。ジュエリーアーティストを目指して、ジュエリー学校に通っていた。その後20年以上パリに住んでいる。
 
パリに渡った当初、長い手紙をくれた。
「ジュエリー学校では、隣に座る同級生が、『道具を忘れたから、貸して』と言う。貸すと、一向に返してくれない。『返して』と言うと、相手の自己主張が始まり口論になる。どうやら彼らは、自分の物は自分の物、他人の物も自分の物、という考えを持っているようだ……。こちらも自己主張しないと相手は決して動かない……」
というような事が書いてあった。
 
パリで強いカルチャーショックを受けながら困惑し、奮闘している様子がひしひしと感じられた。胸をドキドキさせながら読んだのを覚えている。
 
異なる文化背景を持ち、多様な習慣や感じ方、考え方を持つ人たちのなかで、日本人として、自分として、プライドを保ちながら生き抜くのはさぞ大変だろうと思った。今でもそう思う。
 
一方わたしは、日本でぬくぬくと生きてきた。日本の中でも人それぞれの感じ方や考え方は異なるものだ。友達づきあいの中でも、そのことに戸惑った経験もある。しかし、基本的に「察する」文化が骨の髄まで沁みついている。その影響で、あえて自己主張をしなくても伝わってるはず、わかってもらってるはず、とつい思い込んでしまう傾向があることは拭えない。
 
彼女にちゃんと伝えなきゃ! 心からそう思った。
 
さっそくわたしは、彼女に伝えるために大学卒業後の仕事のこと、結婚のことを振り返った。言葉にする作業が、案外とスムーズにできたことに驚いた。以前は、何をどう言えばいいのか、まとまらなかった気がする。月日を経たせいだろうか。彼女からの質問のせいだろうか。
 
そして、それを彼女に伝え終えたら、不思議なことに自分を信じる力に満たされた。新たな一歩が始まるような心地になった。思いがけない副産物だ。
 
「大学を卒業してから仕事をしたの? もしそうならどんな仕事? 結婚はした?」
 
知り合ったばかりの人ならともかく、旧友からこんな質問はめったに受けないのではないだろうか。長いつきあいというだけで、なんだか知った気になってしまうせいもあるし、今さら面倒くさいという気持ちもあるだろう。深掘りせずにつきあうのが心地良い場合もある。そこには日本人の良さも、悪さもあるのだろう。
 
彼女の場合は、異国の地で自分らしく生き抜くために、互いの背景や考えが違うことを前提に、明確に伝え合うことに妥協しない鍛錬を重ねてきたのだと思う。パリで身につけてきた文化がこの質問に凝縮されているように感じた。
 
その後も、彼女とのメールでのやり取りは続いている。私も彼女に基本データについて質問するようになった。よく考えてみると、案外と知らないことだらけだ。それに、私は彼女にあまり質問をしてこなかったことにも気がついた。
 
旧友の唐突な質問は、くたっとしたレタスをシャキッとさせるショック療法のようであった。やり取りに鮮度が上がり、長いつきあいもシャキッとする。
 
新しい友達づくりも楽しいものだが、旧友との関係を進化させることにも意識的でありたい。
 
よかったらこの質問を旧友にしてみてほしい。
 
たとえあなたが、旧友の基本データを知っていたとしても、しれっと聞いてみるのがいい。彼女からのメールにも、(もしかすると以前にも聞いたことがあるかもしれないけど)と書いてあった。えー! 知らなかったのー⁈ とギョッとさせる揺さぶりが効く。そして、旧友は古くから知っているあなたに自分の歴史を伝えようとするからには、なんとか前向きに決着させるものだと思う。すると旧友との対話は新たに進んで行く。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

★10月末まで10%OFF!【2022年12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《土曜コース》」


 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

天狼院書店「プレイアトレ土浦店」 〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2020-05-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事