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メディアグランプリ

コロナ禍と左胸の花

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:須磨浦普賢象(ライティング・ゼミ通信コース)
 
 
緊急事態宣言の出る前日、その日はちょうど買い出し日だったので、近所のスーパーへ出かけた。夕方のスーパーはいつもより人が多かった。入口付近の棚は少なめなものの十分商品は残っており、ああ思っていたほど買い占めはひどくはないなと少し安心した。緊急事態宣言への対応を伝えるけたたましいアナウンスと、いつもよりやや多い人の熱気に押されるように奥へ進み、そこではじめて飛び込んできた光景に愕然とした。
 
肉と卵がわんさか並んでいる筈の広い陳列棚が、すっからかんだったのだ。
 
よくよく店内を歩いてみると、他にも納豆や米やスパゲッティなどもかなり減っていた。逆に野菜や果物はそこまでひどくはなかった。一見して、栄養価が高く賞味期限の短い生鮮食品と、主食系の長期保存ができるものの在庫減少がかなり目立った。
 
そんな異様な光景を前に、私はこう思った。ああ、戦時中もこんな感じだったのかなあ、と。肉と卵なんて戦時中に一番貴重だったものと同じじゃないか。
 
もう出典を覚えていないが、小学生の時に国語でこんな話を読んだ。
戦時中いろんなものが不足したが、下着もその一つだった。特に女性用の下着なんかなかなか配給されない。その女の子は確か11歳だったが、兄のシャツをお下がりにもらった。ものがないのはわかっているが、そのまま着るのは年頃の心情としてどうにもいやだった。そこで思いついて、家にあった赤い糸で、シャツの左胸に小さな花の刺繍をした。夜、黒い布を巻いた電球の薄暗い明かりの下で、いいものができたと小さく心躍らせた。それは限られた状況のなかで自分の心と折り合いをつけようと、その子なりに考えたささやかな工夫だった。
翌日、それを着て学校に行った。その日は体育の授業があり、着替えをしていると、突然、先生の怒声が飛んできた。
「あなた、何ですかその左胸の刺繍は! 今は戦争中ですよ! 今すぐその刺繍を取りなさい!」
女の子はボロボロ泣きながら刺繍を外し始めた。でも丁寧に縫われた刺繍は、焦ってなかなか外れない。とうとう女の子は小刀でシャツの花の周りをを四角くくり抜き、机の上に置いて出て行った。
 
今、テレビをつけてもスマホを覗いても、批難の声で溢れている。国の対応はどうなっているんだ。マスクはいつになったら入るんだ。PCR検査をしてくれ。休校続きで学校はどうなるんだ。補償はあるのか。子供を買い物に連れてくるんじゃない。休業要請がでているのに営業続けるなんて。出かけないで! 休めるか! どれもとても切実で、不安で、悲しくて、切迫してて……ああコロナさえなければと、どれほどたくさんの人が思っていることか。
 
だが、その声を他人にぶつける時、あの先生のようになってはいないだろうか。「どうしてそうしたのだろう」とを考えることなく、頭ごなしに自分の主張を押し付ける形になっていないだろうか。「どうしてそうしたのか、どうしてそうできないのか」を汲み取られずにただ批難されるのは、そして深く考えもせず正義を振りかざされるのは、頑張っている者にとってたまらなく辛い。
 
被曝3世であり、広島育ちの私は、同世代の中では当時のことに触れる機会が多かった。ものがない、命の危険がある、というのもかなりの脅威ではあるが、出征を喜ばねばならない、外国語の勉強は隠れてせねばならないなど、仲間である筈の隣人の目というのが、一つの大きな苦痛であったことが伺えた。
 
こんなことを言うとその世代の人に失礼かもしれないが、平成生まれの私にとって、今は今まで生きてきた時間の中で一番戦時中に近いと思う。必要なものがない、命の危険がある。でも、そこで他人を批難し始めたら、ただでさえ息苦しい今を、自分たちの手でさらに息苦しくしてしまわないだろうか。その最たるものが、感染者・運送会社・医療従事者とその家族への差別、そして子供が子供らしく遊んでいるだけで通報する、なんて行為にまで至っているのではないか。
 
こんな状況の中で、頑張っていない人なんていない。もちろん「何とかして!」はたまりかねて出てくる言葉だろうが、それをぶつける前に一度深呼吸してみないか。「この人には自分の知らない事情があるのかもしれない」と思って、それから言ってみたらいい。きっと話を聞いてくれる人は格段に増えるはずだ。
 
 
 
 
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2020-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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