メディアグランプリ

「どうせ牛しか見てないし」って、みんな本気で言ってたのよね


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:半崎いお(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
あこがれの世界に入ったとおもった。
その、はじめの一歩の、「入学式前日の新入生歓迎ツアー後の飲み会」での出来事だった
同じ獣医学科からの貴重な先輩参加者との最初の会話がこれだった。
「ツナギでごめんー! どうせ牛しか見てないからさぁ」そのときは、こうかえした
「いやいやいや、そんなことはないでしょう、先輩おきれいだし!!」
バイトとかもあるだろうし、出会いなんてたくさんあるんじゃないの?おきまりの冗談なのかな?そうおもったのをよく覚えている。
でも、3年後、非情にも完全に思い知ることになった。
「どうせ牛しか見てないし、よくて牛だけじゃなくてヤギもいたわ、程度だったわ……」
 
子供がなりたいといいがちな職業といったらなにを思い浮かべますか?
トップ10に常に上位ランクインしている職業といえば、芸能人、漫画家(イラストレーター)、看護師、デザイナー、野球選手、お菓子屋さん……いろいろありますが、そのなかにほぼ毎回必ず紛れ込んでいる職業に「獣医師」があります。自己紹介をすると結構な確率で「わたしも昔なりたかったんですよー」「うちの娘が今なりたいっていってて……」など、なりたい、またはなりたかった話が出てくるので「子供の頃の夢は獣医さん」というのはメジャーなんだなぁと思わされるのですが、大抵の人が思い浮かべる「獣医さん」は「ペット動物のお医者さん」に限定されてしまっているのではないでしょうか。
 
実は獣医師、めちゃくちゃ職域が広いため、ペットの診療をしている獣医師は全体の40%未満で半数に満たないのです。
産業動物と小動物の診療はわかりやすいと思いますが、その他のお仕事もたくさんあり、家畜の防疫や食品衛生に携わる公務員獣医師や研究職などの「診療業務を行わない獣医師職」も4割程度と数多く存在しており、生涯診療業務に携わらない獣医師も多数存在するのです。わたしも入学するまではここまで広く、人間社会に必要な重要な役目を持つ資格なのだとは全く思っていませんでした。
 
それゆえ大抵の学生が小動物臨床を希望して入ってくるのですが、多くの分野に関係している産業動物を中心に講義や実習を進める学校がほとんどで大抵の実習は産業動物を使って行われます。そのためどこの学校でも獣医学科であれば必ず牛や山羊、鶏、犬などが飼育されています……いや、我が校の場合は鶏は勝手に住み着いているだけでしたが。実習や自身の研究に使うときなどはそれらの動物の世話をすることになるのですけれども、そんな時、学生は「つなぎ」を着用します。まさに畜産農家スタイルのあれです。ツナギと長靴とグローブ。白衣なんかじゃはだけたスキにやられますし、完全防備しておかないと匂いがつきます。においが一度ついたらちゃんと洗濯するまではとれません。なにせ、相手はでかいし、自分は不慣れ。うんこはでかいし、尿は振り飛ばすし、自分もこぼすしおとすし、ぶちまけます。しかも、学生用のシャワーなんて贅沢品は弱小貧乏大学には存在しませんが電車で帰りますし、バイトにも行きます。実習によっては牛の肛門から腕をすっぽり突っ込んで(素手で)肩まで必死で入れるものまでありましたし、直腸洗浄(浣腸)してからやるとは言え結構自分にもついたりします。そんなのが日常です。毎日何かのうんこの世話をしたり、細菌をいじったり死体や血液などに触れたりします。学内通路には馬糞が落ちているし、牛舎にはプレーリードッグがいつの間にか住み着きますし鶏たちは光るものを追いかけます。クラスの人数も少ないからクラス内恋愛とかしたくないけど、他学科の生徒たちとは校舎も分かれているし、研究を始めると学内でひとと接する機会もどんどん減ってしまいますし、忙しくてバイトもほとんどできなくなり、実家ぐらしの人数もどんどん減ってきます。
 
その頃です。女子の顔から色が消え、男子の顔に髭が増え、男女の区別なくボサボサ頭で呟きはじめるのです……なんかね、もういっかな、って。きれいな服着ておしゃれしても、どうせ牛しか見てないし! と。
 
その域に達してしまうと、めずらしくスカートを履いている子を見ると「お、今日おでかけ?」ときいてしまうほど、皆の学内での格好が適当になっていくのです……昔にちゃんちゃんこを着てうろうろしている人がザラだったという話もあります。いや、そこまでじゃないけどスエットとかジャージで着てるひとがいたような……見てる人なんか誰もいないもんね、いいよね、これで……ってなったときにふと思い出すのです。あの真っ黒な瞳を。そうだいます。誰もない、じゃありません。牛です。牛がいます。
 
牛、見慣れないものをみるとめっちゃジーっと見てくるんですよ。
人を見慣れた後ならツナギを換えたりしただけでもジーっと見てくるんです。
うん、みんなこれを思ってるからいうんだよね、たぶん
「注目してくれるのなんて牛だけだよね……」って
冗談じゃなくてほんと、牛だけだもんね……
牛にメッッチャ見られてなんだか救われたような悲しい気分に、みんななるんだよね……
 
あの台詞は、荒唐無稽な冗談などではなく、万感の込められた忠告を兼ねた心情の吐露だったのです。体験するとわかるようになる、体験したことがなければ全く理解できない類のかなしみです。うん、牛は、いやってほど見てくれるよね、先輩。うん、わかる。わかるよ。
 
獣医学科にきた人の多くは先述の通り、子供の頃からの夢を叶えようと「素敵な動物のお医者さんになりたい!」とおもってやってきます。でも、皆が思う。あの頃夢に描いた「動物のお医者さん」とは、なんか違う……って。わたしもですけど、こんなに臭くて、怪我をして痛くて、報われなくて、稼げなくて、悲しくて怒って、助けて殺して、楽しくて笑ってって仕事だと思ってなかったんですよねちっとも。あれ?こんなに土臭くて汚い場所だったのかな?って免許をとってかなり立つわたしでも、いまでもときどき思います。「やさしくてすてきなママ」にあこがれて、なりたかったしなれる資格を得た! と思ってたのに「気軽にうんこつかむどっこいしょおかあちゃん」になる道しか与えられなかったというか……ハメられたような気すらしていますが、周囲もみんなそんな感じです。臨床にいると犬がなめちゃうし公務員やってると汗で溶けちゃうから、やっぱり化粧はあんまりしません。
 
たしかに牛しかみていないから、牛たちの横で生きているのです。
牛に見られているとき、私たちも牛を見ているのですから。
どんなに尻尾でなぐられようとも、こういう道で、いきています。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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