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おたまじゃくしと旅をする


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中川 南慧(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
きっかけは、些細な夫の言葉だった。
「自粛でどこにも行けないけど、近所を散歩するくらいなら、いいよね?
次のお休みの日、晴れたら近くの海岸沿いを歩きに行こうか」
 
自粛中は私がひとりで出掛けることはおろか、普段の買い物も自分が行くからと、私の外出には厳しく口を出してきたのに、一体どういう風の吹き回しなんだろう?
 
「何か買いたいものでもあるのかな?」 と、不思議に思ったものの、久しぶりにふたりで散歩に出られることに心を躍らせて、私がOKと答えると、夫は話を続けた。
 
「でね、俺らが出かけるときに、『おたまじゃくし』を一緒に連れていきたいんだけど……」
 
「え!? お……おたまじゃくし? ……を連れていく??」
突拍子もないその提案に、私の頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになって、思わず振り向く。
 
「これこれ、これなんだけどさ……」
と、夫が見せてくれたのは、『おたまじゃくしトラベル』という名のサイト。
かわいい編みぐるみのおたまじゃくしが、ぴょこんと映し出されていた。
 
「これね、病気で外に出られない子供たちに、いろんな景色や世界を見せてあげようっていうプロジェクトなんだって」
 
『おたまじゃくしトラベル』
そのサイトの説明を読むと、プロジェクトの内容がわかりやすく書かれていた。
 
おたまじゃくしトラベラーになった人は、編みぐるみのおたまじゃくしと一緒に旅をする。
そしてその旅先で、おたまじゃくしと共に写真をとってSNSにアップする、というものだ。
 
旅だなんて、大げさなモノじゃなくてもいい。
出かけた先々、庭に咲く花や、うちで家族とみるアニメや映画、そんな日々の生活のひとコマを、おたまじゃくしと一緒に写真を撮るのだ。
 
夫は続ける。
 
「実は、このおたまじゃくしには、双子のもう1匹がいるらしくてね。
そのもう1匹は、病気で外に行けないっていう、日本のどこかにいる子供に渡されるんだって。
双子のおたまじゃくしの目を通して、今はまだ自由に動き回れない子供たちに、外の景色や様子を伝えてあげるんだってさ」
 
このおたまじゃくしを編んでくれるのが、日本の各地の施設にいる、おばあちゃんたち。
病気の子供たちを元気にするお手伝いになるのならと、一生懸命手作りしてくれて、それがまたおばあちゃんたちの生きがいにもなっているのだと。
 
「なるほどね。でも、なんでおたまじゃくしなの?」
 
「それはね、早く元気になって、家族の元へ『かえる』ことができるように、って言うことらしいよ」
 
その言葉を聞いたとき、私は普段忘れていた数年前の記憶が、鮮やかに蘇ってきた。
それはまだ、ほんの5年ほど前の出来事。
 
私の夫は38歳という若さで、ガンになった。
完治はわずか4%という難関を乗り越えて、夫は奇跡的に生還した。
しかし、その闘病生活は、1年半ほどの短いものだったが、抗がん剤によって日に日に衰えていく夫にとっては、人生最大にして、最悪とも呼べるほどの、凄まじいものだった。
 
次第に味覚が失われてゆき、強い痛みと吐き気に襲われるようになると、食事がほとんど摂れなくなった。さらには、必要最低限の水分でさえも、飲む力を失っていった。
些細な物音が、昼夜を問わず永遠に続く雑音のように、頭の中に響く。
眠りたくても眠れない、夢うつつの日々。ゴソッと抜け落ちる髪の毛。
 
最愛の人が、目に見えて、痩せ細っていく。目に見えて、やつれていく。
瞳の光が次第に失われていく姿を、私は側で見ている事しか出来なかった。
夫が苦しむ姿を、ただただ黙って見ていることしか出来ない日々に、私は胸が張り裂けそうだった。
 
あの手術の日の朝、不安そうにする私の手を取って、
「大丈夫。俺は絶対に生きるよ。心配しないで、待ってて」
いつもの笑顔でそう言ってくれた、その夫が今、目の前で生きる気力を失いそうになっている……。
 
どうしよう?
今、私が、彼に出来ることって、なんだろう?
夫を支えるには、どうしたらいい!? 私に何が出来る?
約束したよね、生きるって!! 代われるものなら代わってあげたい!!
私の命を半分でもあげることが出来るのなら、喜んでそうする!!
どうすれば、もう一度、彼の瞳に生きる希望を取り戻すことが出来るの!?
 
私は悩みに悩んだ。でも、答えなんて、すぐには見つからない。見つけられなかった。
でも、私は諦めてはいなかった。
 
きっと何か、妻だからこそ、私だからこそ、出来ることがきっとあるはず。
そんな想いで、病室からみえる海を眺めていた。
海は夕陽に照らされて、オレンジ色にキラキラと輝いていた。
 
その時、私は閃いた! 彼に病室からは見えない、街の日々の変化を見せることを!!
ただの気休めでもいい。夫の気が紛れるのなら、少しでも生きる希望に繋がるのなら!!
 
それからの私は、用事で出掛ける度に、外に出られなくなってしまった夫に、外の様子、景色の移り変わりを写真に撮って見せるようになった。
 
次にこの桜が咲く時は、一緒に見に行こうね。
次に蝉時雨が聞こえる時は、大きなスイカを半分こしようね。
次に木の葉が落ちる時は、一緒に手を繋いでこの道を歩こうね。
次に雪が降る時は、ふたりで温かい甘酒を飲もうね。
 
そんな短い言葉を添えて、日々の写真を見せ続ける私に、夫は弱々しくも微笑みながら、
「うん。大丈夫だよ…… 約束な」と、答えてくれたのだった。
 
やがて、所定の経過観察期間が無事に過ぎた。
再発の兆候もないだろうと言うことで、定期的な検査も今後は1年おきでよいところまで来た。
 
そうか、あれから、もう5年になるんだ……。
 
「俺が入院してたときにね……」
サイトに見入っていた私に、夫は再び話し始めた。
その声に、私の心は現実世界に、すうっと引き戻された。
 
「いろんな花の写真とか、空の写真とか、沢山撮ってきてくれてさ、俺に見せてくれてたの覚えてる? あの時、俺にしてくれたことを、今度は俺が誰かに返してあげたいなって、思ったんだよね」
 
うん。わかる、わかるよ。
あなたなら、きっとそう言うと思ったよ……
私は言葉に出さずに、頷いた。
 
「じゃあ、それぞれでひとつずつ、おたまじゃくしを連れていこうよ」
どちらともなく、同じタイミングで、同じ事を言い出したことに笑い合って、私たちは2匹のおたまじゃくしを購入した。
 
やがて届いた2匹は、まるで私たち夫婦のように、色違いのおそろいの毛糸で編まれていて、とても愛くるしく、ふたりともひと目でその子達を気に入った。
 
それからというもの、私たちはどこかへ出掛ける時には、必ず一緒におたまじゃくし達を連れ出すようになった。そして、沢山の写真を撮ってSNSに上げるようになった。
といっても、もっぱら私の役目になってしまったが、それはそれで楽しんでいる。
 
どこかの施設のおばあちゃんたちの生きがい、私たち夫婦の祈り、そして今もどこかで病気の子供を支えていらっしゃるご家族の想い、病と闘っている子供たちの、生きたい、早く家族の待つお家に帰りたいと願う気持ち……。
 
それらを胸に、今日も私たちは、街のどこかで写真を撮る。
子供たちが早くお家に帰れますように。
この景色や空、きれいな花たちを、家族一緒に見ることが出来ますように。
そう願いながら……。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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