母の日はマトリョーシカ構造
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記事:カシ丸カオル(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ママ,早く。一緒にお花屋さん行こう」
朝から子どもはソワソワしていて,わたしの支度を待っていた。自分のお小遣いで買った銀色の長財布の中のお金を毎日数えることが彼の日課だ。
母親になると,自分のことは後回しになって,支度に異常に時間がかかることに気づいたが,その日も意図していないのに,家を出たのは予定時間よりだいぶ後だった。
近所の花屋に着くと,彼はお店の中にわたしを誘った。
一週間前の日曜日は母の日だった。SNS上には,母の日によせた投稿があふれた。わたしも,小さい頃から,きょうだいや父親と一緒に母親にお花をプレゼントし,結婚して実家から遠く離れていてもお花を忘れていない限りは贈っている。たまに,忘れるけれど。
今年は,初めて子どもからお花をもらった。正確に言えば,彼が欲しいお花を彼が買って,そのブーケを食卓に飾るからそれを「眺める権利」をもらった。
「え? ブーケはくれないの?」
と,聞くと,
「ブーケを選ばせてあげるけれど,ブーケは僕のもの」
と,きっぱりと言われた。
そ,そうか。所有権と借地権の違いって奴か! 小学生にして,その違いを知っているとは,さすが銭勘定を日夜欠かさないだけあるな! と,妙に感心してしまう。
そして,思った。母の日って,誰のものなんだろう?
きっと,母に感謝をする日だと思うのだけど,母への感謝をさせてもらう日のような気がする。母の日とは,感謝という行為をありがたくさせていただく儀式だ。
だって,お母さんを産んだお母さんがいて,そのまたお母さんがいて,そのまたまたお母さんがいて,そのまたまたまたお母さんがいる,入れ子構造,親子マトリョーシカ構造だ。
そして,そのマトリョーシカのバトンリレーの継承者がわたしで,そして,そのバトンをわたしが子どもに渡した。バトンリレーを引き継げたことへの感謝であり,DNAの戦略をひしひしと感じる。遺伝子ってなんて利己的なんだ!
こんなことを思うのも,わたしが母になったからだろうか。
わたしは,スクールカウンセラーとして中学生のカウンセリングをしてきた。カウンセラーに相談するくらいだから,そらまぁ,彼らの心の中は,穏やかでなく,荒れに荒れている日もあれば,感情の底なし沼にずぶずぶに溺れる時もある。ホルモンに影響されて,千々に乱れているのだ。
「生まれてこなきゃよかった」
なんて,言う子どももいる。
「そんな言葉を子どもの口から聞いたら,お母さんはなんて思う?」
と,問い返しても,親やわたしのような第三者に気づいて欲しい注意引きかもしれないし,言った本人はその言葉の重さに気づいていないこともある。本当に本人ではどうしようもない絶望的な環境にいる子もいて,こちらも返す言葉が見つからないケースもある。
でも,きっぱりと,わたしはこう告げる。
「確かに,あなたは今,絶望的に大変な状況かもしれない。だけど,お母さんは,あなたを産んでくれた。赤ちゃんがお腹にいるってことは,とても大変な命がけのことなんだよ。からだは重たいし,頭はぼーっとするし,トイレも近くなる。心臓はいつもの2分の1の働きしかしないし,常にリスクと共にいる。でも,あなたを元気に無事に産みたくてお母さんは頑張って,あなたは産まれた。赤ちゃんだって,無事に産まれるとは限らない。不安と戦っている。赤ちゃんだって,自分で命を絶つ場合もあるんだって。産んでほしくて生まれてきたわけじゃないなんてなくて,自分で選んで生まれてきたんだよ。わたしは,子どもを産んでそれを実感したよ」
と,説教臭く思われても,きっぱりと告げる。
もしかしたら,この先,自分の子どもに言われるかもしれないけれど,それでも,「生まれてこなきゃよかった」なんて,自分を否定する言葉を聞きたくはない。命がけのバトンリレーを否定されたくない。
自己否定なんて,子どもにして欲しくない。わたしは,どんな自分であっても,自分は自分として受け入れる強さを子どもにプレゼントすることが親の務めだと,発達心理学の研究者として思う。それは,自己肯定感だったり,自尊心(セルフエステーム),最近では,セルフコンパッションだ。
産まれてきてよかった! と,思われたら,親あるいは,養護者としての子育ては100%成功!だ。それ以外に何もない。自分をなぐさめ,励まして,奮い立たせてくれ,受け入れてくれる存在としての親の努めはそれだと,断言する。
だから,母の日は,命をつないでくれたたくさんのお母さんに感謝をする子どものための日だ。あなたの子どもでいさせてもらう日,母と子どものマトリョーシカの日。
お母さん,ありがとう。子どもたちよ,お母さんにさせてもらえてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。今日もわたしはあなたたちに吠えるけれど。子ども歴40年弱と親歴10年の母より。
***
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