メディアグランプリ

ミントタブレットな手作業


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記事:森真由子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
ミントタブレットが好き。
どこかへ出かけるとき、必ず持ち歩くようにしている。
朝出社しても頭があまりすっきりしていないとき。
ご飯を食べた後、口の中に味が残っているとき。
午後3時頃のちょっと眠くなっているとき。
そういうときに、一粒の小さなタブレットを口の中へ放り込む。
すると、すーっとひんやりとした空気が鼻から入ってきて、爽快感が脳をビリビリと走る。
その電撃の後には、よし、次へ進むぞ、とだらけていた気持ちがリセットされる。
 
こういう風に何かとリフレッシュのためにミントタブレットに頼りがちな私だが、自分の気分に対して同じような作用を持つものが生活の中にいくつかあることに気が付いた。
 
味付けが下手だからか、滅法料理の腕には自信がない私は料理をすることに対して消極的だ。
調味料を混ぜているときや煮込んでいるときはさほどときめきもない。
そんな私は、ちょっと嫌々ながらもキャベツを手にする。
まな板の上に置き、左手を添えて包丁を握る。
目掛ける位置を決め、包丁をおろしていく。
ざくざく、ざくざく。
次の束も準備してざくざく、ざくざく。
なんだかのってきたぞ。
次はピーマンにニンジン、涙がすぐ出てしまう玉ねぎも。
ざくざく、ひたすらざくざく切り刻んでいく。なんだか気持ちがいい。
 
好きと言ってしまうとちょっと変態に聞こえてしまうかもしれない。だけど気が付いたら、私は包丁で切ることが好きになっていた。
いや、意識的に好きと思っているわけではなく、なんとなくはまってしまっていた感覚だ。ひたすらざくざくと切り続けていたい感じ。
 
キッチン周りで言えば、皿洗いも好き。と言ってしまうと、手も荒れるし、お皿にこびり付いたヌルヌルした油を触るのも嫌だしちょっと違うかもしれないけど、皿洗いも気が付けばはまっていた。無意識のうちに家族全員分のお皿を洗い終えていて、あれ? もう終わった? と思うことがある。
 
その他に、デッサンとつまみ細工をやっているときも同じような感覚になる。
対象物を見ながらいろいろな種類の鉛筆を駆使して真っ白な紙の上にそれを描いていく。
物の比率、影の位置や濃さに気を配りながら、黙々と描き進めていく。
自分で見ても決して上手くはないのだけれど、それでも絵の世界に潜り込んでいく感覚は素人であっても気持ちがいい。
 
布を折り紙のように折っていき、花びらの形を作るつまみ細工もまさかそこまで入り込むとは思わなかった。
一つ作れば満足かと思いきや、日が暮れるまで何時間も同じ作業を繰り返していることがある。
じっとしていることが嫌な人にとっては、ちょっと狂っているのではないかと思われるかもしれない。私自身も、そこまで没頭していたことに驚くことがある。
 
なぜそこまで没頭してしまうのか。
その作業において、ある程度自分が目指していた終着点に辿り着いたら、終わりの儀式かのように少しだけぼうっとする時間を持つ。
そうすると、まるでミントタブレットを口の中に入れたときのように、脳から無駄なものが消えていき、すっきりしていることに気が付く。
脳の中に溜まりに溜まってしまっていた雑念はもう残っていない。
そういう作用を求めて私はこれらの作業をやっているのではないか。
 
本を読むことも大好きだから、著者と自分が対峙し、その本の世界に入り込むことで似たような感覚にはなる。だけれど、私にとっては上記であげた作業の方が効果が高いように思う。
それらを並べてみたとき、全て手を動かす作業だったことが分かった。
改めてこのことに気が付くと、確かに要所要所で私は手を動かしてはその作業に没入し、その後の爽快感を味わっていたのだ。
全神経が自分の手元に集中し、脳と手が連動する。いや、一体化していく。
私の脳と手がカチッとはまったときには、もうその世界しか見えなくなる。
 
テクノロジーが発達した今、そしてこれからも、わざわざ人間の手でやらなければいけないことはどんどん減っていくだろう。
文章を書くにも昔は紙と鉛筆やペンだけ、今はパソコンのキーボードを使う。キーボードを叩くのは手だが、もしかしたら将来的には手を使う必要もなく文章作成ができるようになっているかもしれない。
人間は全く手を動かす必要がなくなったとき、どうなるだろうか。
さぞ楽な生活になるだろうと思われる人もいるかもしれない。
私はちょっと危機感を感じている。自分の手を使って何かに没頭する時間がなくなれば、脳が雑念だらけになるのではないか。ずっと頭の中がもやもやすっきりとしない状態が続くのではないか。そんな心配が頭を過ぎる。
 
だからだろうか、今は自分の生活の中に意識的に手を動かして没頭できる時間を作っている。
別に趣味でなくてもただの作業だけでもいい。友人へ贈るアルバム作成のためにひたすら紙をハサミで切り続けたり、文字を装飾してひたすら紙に書いていたりするときもある。
こういう時間を作ることで、周りに流されがちな時間の流れを変えることができるような気がしている。
 
万人には理解してもえらない感覚かもしれないが、もしもやもやするような時間が多くなってきたら、一つの案としてぜひ自分自身の手を動かす時間を意識的に取ってみてほしい。
そんな時間を経てミントタブレットを食べたときのようにシャキッとした自分に出会うことができたら、もしかするとあなたは手を動かさないといけない人種なのかもしれない。その時は大いに仲間として歓迎したい。
 
 
 
 
***

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2020-06-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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