マスクの下の劇場
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:河村晴美(ライティング・ゼミ平日コース)
「マスクって意外と悪くないよ」
マスクの下でボクはつぶやいた。
ボクにとって、マスクとの付き合いはかれこれ25年にもなる。
今、街中の老若男女みんなが、新型コロナ感染症対策でマスクを着用している。
多くの人にとっては、マスクは面倒だったり鬱陶しいと思うらしい。
でも、ボクにとっては、体の一部と言って良いほどの必需品。自分を守る、現代の鎧と言っても良いほど自己防衛に必須のアイテムなのだ。
きっかけは、小学校3年生の時の転校だった。
お父さんの仕事の関係で、当時住んでいた東京から山口県の下関というところへ引っ越しすることを、突然、お母さんから夕食の時に告げられた。
お母さんは、引っ越し先の土地のことを話してくれた。
宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘したことで有名な巌流島の戦いのこと、耳なし芳一の話。
そして、実はボクの大好物の雲丹の瓶詰めも、下関が発祥だったことを教えてくれた。
「へえ~、そうだったんだ。ボク、知らずに食べてたんだね」
ボクの不安な気持ちを見越して、お母さんが話してくれたおかげで徐々に期待に変わっていった。
そんな気持ちだったのに、転校初日に心は真っ暗闇に突き落とされた。
あれから20年がたち、今ボクはスクールカウンセラーをしている。
有名私立の男子進学校へ専任カウンセラーとして週1回の勤務と、個人でカウンセリングルームを運営している。おかげ様で、相談者は口コミで新規の予約が入る。相談者は、親御さんや子どもが多い。相談事のすべては大人も子どもの同じ、人間関係に関することだ。
ボクがこの仕事に就いたきっかけ。
それが転校先の学校への初登校日の事件だった。
担任の先生と一緒に教室へ入り、先生から促されてボクは短く自己紹介した。
すると、一斉に教室中がざわめいたのだ。
「何ゆうとるほ?」
(ほ? ホ? ほって何?)
ボクは頭が真っ白になった。あれ以来、ボクは話すことが怖くなった。口を閉ざした。
今思えば、東京弁が地方では奇異に聞こえただけだ。級友たちは故意にいじめた訳ではないと思う。インターネットなど無い時代だった。テレビで聞いたことのある言葉遣いをリアルに聞いて、変な感じがしただけなのだ。無邪気な同級生の反応に、ボクが過剰反応して怖がってしまった。そんな些細なことなのに、ボクの中でトラウマになったことは事実なのだ。
それ以来、外出する時は一度たりともマスクを離さない。
ボクにとって救いだったのは、お母さんとお父さんの存在だった。
お母さんはいつも前向きな言葉をかけてくれた。友達がいないボクを、放課後には映画や美しい海岸線のドライブなどに連れていってくれた。
お父さんは、毎日残業で夕食を一緒に囲むことはほとんど無かったかわりに、交換日記を誘ってくれた。今思い起こせば、きっとお母さんがボクのことを心配して言ってくれたんだと思う。忙しいお父さんが、合理的に実践可能な方法でボクを見守ってくれた。
交換日記は、小学校を卒業するまで続いた。
卒業式の日に、「今日で終わりにするね」と書いた。
お父さんは一言「これからは自分で進め。後ろから応援している」とあった。
こうして、ボクの自尊心という心の土台は、ぐらつかずに安定できている。
ボクの心の中の引き出しには、沢山の肯定的な言葉が詰まっている。
そして、自分の意志は書くことで伝えることができるという可能性が自信につながった。
良質な言葉を聞いて読んで入力し、出力はペンが雄弁に語ってくれた。今はパソコンやスマホも大切な仲間だ。
口下手な人は、上手に自分の思いが伝えられずに自信を失ってしまうことがある。それが原因で、ボクのカウンセリングルームに来る人も多い。
でも、落ち込むことはないんだ。意志を伝える手段は、話すだけではない。書くことでいくらでも自分の意志は伝えられるし、実は話すよりも書く力のほうが強いんじゃないかと思う。人を動かし感動させるスピーチには必ず原稿があるからだ。原稿は書き言葉であり、人々の心に伝わるメッセージは、論理が重要だ。論理とは、メッセージの骨格。これがしっかりしていなくては、伝えたくても相手に伝わらないのだから。
そして、今の仕事に役立っていることは、他にもある。
それは、相談者が発せられなかった言葉に光を当てることだ。
相談者の語り得ない言葉をなんとかすくい取ろうと聴く。すると、相談者はこう言ってくれる。
「そうなんです。モヤモヤして、私がはっきり言葉にできていなかったことは、それだったのだと気づきました」
悩みを抱える人は繊細な人だ。繊細だから丁寧に言葉を選ぶし、相手の気持ちを必要以上に慮るから、自分が後回しになってしまう。
また、まじめな人は、自分が作り出した固定概念に絡めとられて、心ががんじがらめになっている。
心が拘束されて硬直した状態をほぐしていくように、ボクは相談者へ、「あなたの心の中の奥にある思いは、こういうことでしょうか?」そっと言葉を差し出す。
すると、それだけで大人も子どもも、モヤモヤがすっきりして、肩の荷が軽くなったように表情がパッと明るく変わる。
マスクは発声に負荷をかけるために、コミュニケーションが取りにくいという人が多い。
しかし、不自由ばかりじゃない。むしろ、ボクは他者との会話を半強制的に不自由に制限することで、自分の心が自由になった。
今こうして、天職に巡り会えたのは、小学校3年生の時の体験があるからだ。恨み事でも負け惜しみでもない。あの時の体験で、コミュニケーション自体を断念したのではなく、むしろ書くことで伝えたい意欲が湧いてきたのだ。
人と話すことが苦手だからといって自信を失う必要はない。伝える手段は他にもある。
そして話さないからといって、その人が伝えたいことが無いわけではない。
マスクの下では、たくさんの思いを秘めていることがあるんだ。
マスクは思想の顕微鏡
自分の内面へまなざしを向けてみよう。
心の細やかなひだの間に、思いがけない自分の考えを発見できるかもしれない。
発見したものはきっと宝物だ。その宝物を言語化してみよう。
いつだって、言葉はボク達の味方だ。
***
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