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メディアグランプリ

人の人生に向き合い続ける覚悟


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中島大樹(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「お前に何がわかるんじゃぼけぇ!」
「いてまうぞ! おらぁ!」
 
そう言いながら涙を流す彼の名は大竹という。
今年で55歳になる大竹さんは30代の時に精神病を患い、仕事を失い、妻とは離婚、子どもにも会わせてもらえないらしい。
その後、生活していくことが困難になり生活保護を受給することになるが酒に溺れる毎日で、ある日部屋で倒れているのを市役所の人間が発見し、一人で生活していくことは困難と判断された。
 
そんな彼にぼくは今、首を絞められている。
 
ここは救護施設という場所だ。ぼくの職場でもある。
救護施設は生活保護法に基づいた施設で様々な事情をもった人たちが集まるが、まともな人生を送ってきた人は誰一人としていない。
虐待、DV、リストラ、離婚、病気、障害……。
様々な要因によって人生を転がり落ちて、落ちて落ちて……最後に辿り着く場所のひとつがここ、救護施設である。
 
「大竹さん、ちょ……おち……つい……」
ああ、駄目だ意識が遠のいていく。このまま死ぬのかな。
 
「中島さん! 何しているの! 大竹さん離れて!」
他のスタッフが3人がかりでぼくから大竹さんを引き離した。
 
「ゲホッゲホッ……」
落ち着く間もなく上司の畑中さんは「中島さん後で会議室に来て」と言った。
 
会議室に入ると畑中さんと大竹さんが座っていた。
 
「それで一体何があったの?」
 
「中島のやろうが俺が真剣に話をしてるのにヘラヘラしやがんだよ」
違う、そうじゃない。ただ笑顔でいた方がいいと思っただけだ。
 
「だいたい年下のくせに俺の何がわかるってんだよ」
仕方ないじゃないか。別に好きであんたの担当をしてるわけじゃない。
 
「よくわかりました。大竹さんはお部屋に戻っていてください」
大竹さんが会議室から出ていくのを見送ると畑中さんはぼくの方を見て「何があったの?」と再び聞いてきた。
 
「大竹さんから相談があると言ってきたんです」
「離婚してから会わせてもらっていない娘に会いたいと。今年で20歳になるはずだからお祝いがしたいと言っていました」
 
「それで中島さんはどう答えたの?」
 
「どうしようもないことってあるじゃないですか? 今さら会うなんて無理じゃないですかって言いました」
 
「何故中島さんはそう思ったの?」
 
「だってそうじゃないですか。虫が良すぎると思いませんか? 正直自業自得じゃないかと思うんですよ」
そう思うのには大竹さんがリストラにあってから飲酒量が増え、離婚する前に妻や子どもに暴力を振るっていたという情報があったからだ。
 
「そうであったとしても私達が動けば再会できるかもしれないですよ? 別れた奥さんや娘さんとも良好な関係を築いていけるかもしれませんよ」
「中島さんは今回の件で大竹さんが成人のお祝いもしてやれない、娘にもやはり会うことは叶わないということに絶望して病気が悪化したり、最悪自殺してしまったとして責任が取れますか?」
とれるわけがない。何故ぼくが大竹さんのことで責任を負わなければいけないんだ。悪いのは大竹さんだろう。
 
「中島さん、私達の仕事は裁判官ではありませんから良いか悪いかを判断しません」
「過去にどんな罪があろうと、現在どんな状況であろうと、その人が幸福感をもって生きていくためにはどうすればいいかを一緒に考え、サポートしていくのが私達の役目なんですよ」
そう言われても、ぼくはやはり自業自得じゃないかという気持ちが拭えないでいた。
 
まもなく、ぼくは大竹さんの担当を外れた。
 
担当が変わり、数ヶ月経ったころ大竹さんは別れた妻と娘さんに再会することができたらしい。
担当スタッフに再会した時の様子を話す大竹さんは今までの大竹さんとは別人のように見えた。
 
さらに半年後には仕事が見つかったとのことで大竹さんは施設の近くにアパートを借りて、施設を出ていくことになった。
娘さんにもあれから月に1回会いに行っているそうだ。
 
ぼくの勤める救護施設では入所者の方が退所していく際には出勤しているスタッフ総出でお見送りをすることになっている。
あの件があって以来、ぼくはほとんど大竹さんとは口をきくことがなかったが、別人のように活き活きしており、笑顔も多くなり、目が輝いていた。
 
スタッフがひとりひとり大竹さんに言葉をかけていく。
なんて声をかければいいだろうか……もうすぐ順番が回ってくる。
ぼくの頭は真っ白になっていた。もういいや、無難に「頑張ってください」とかにしておこう。
 
いよいよぼくの番が回ってきたときに大竹さんがこちらにやってきた。
大竹さんが先に口を開いた。
「中島さん、ありがとう。俺は多分今までのこと他人のせいにしていて、離婚した時も妻のせいにしていて自分は何も悪くないと思ってた。中島さんに会うのは無理じゃないかって言われて、何で無理なんだって怒りもあったけど、あれから自分の今までを振り返って、素直に妻と娘に会って謝りたいと思えてん。なかなか中島さんにお礼を言えなくて、今になってしまってすまない。そしてあの時はほんまに申し訳なかった」
 
ああ、なんて自分は小さい人間なんだろう。
ぼくは何も言えずただただ涙が頬をつたっていた
 
ぼくは人の人生に向き合う覚悟ができていなかったんだろう。
 
人の人生に向き合い続けることは茨の道だ。
でもきっとその茨の道を抜けた先には青空が広がっているとぼくは信じている。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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