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寝っ転がってバレエを踊ってみたら


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤 未希子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
ある日、体重100kgすれすれの社長から「運動系の新しい講座を企画せよ」とのお達しが出た。社長のダイエット目的ではなかった。前にも運動系の講座を企画したことがあった。スラックラインという5㎝ぐらいの幅のゴムの長い紐の上を歩いたり、飛び跳ねたり、くるりと回ったりするいわばスポーツ綱渡りのクラスだった。やってみるととても楽しいスポーツなのだが、この新しいスポーツの魅力を伝えきれずに惨敗に終わった。スタッフが4人いて、受講生が6人だった。受講生的には先生と距離が近く、スラックラインも好きなだけ使えて満足してもらえたけど、定員30名だから明らかに集客的には惨敗だった。今回はそのリベンジというわけだ。
 
「ここは無難にヨガかな?」と、仕事仲間に相談すると、彼女は言った。「一度、ヨガの先生をお願いすると、その後、人を見ると餌がもらえると思って寄ってくる池の鯉みたいにいろんなヨガの先生が寄ってきて、断るのが大変だからやめた方がいい」
 
ランニングはランステとフィットネスクラブとスポーツメーカーの間ですでにランナーの取り合いの激しい競争が繰り広げられているようだ。
 
困った。何も浮かばない……
 
そんな時、サザンオールスターズのファンクラブの会報を何気なくめくっていたら、ドラムのひろしさんが寝っ転がって何かをやっている記事が目に入った。なんでもそれは床バレエというもので、元々はバレリーナ達がケガした時のリハビリや身体のメンテナンスの為に行っていたもの。今では、ヨーロッパでは老若男女を問わずメジャーなフィットネスだと言う。
 
「床バレエ!?」
 
寝っ転がってバレエ? 新しい! しかもバレエ。小さいころ、姉が習っていて、自分も習いたかった。でも実家の母に「あなたは運動神経がないから無理」って言われて、習わせてもらえなかった。かわいらしいチュチュ、なんだかキラキラした舞台が本当にうらやましかった。10代の頃は草刈民代さんが大人気で、駅の広告の彼女の美しい姿に目を奪われたものだった。
 
しかし、お腹周りはいつのまにか脂肪の浮き輪ができ、たっぷんたっぷん状態で、人様にさらすのは憚られるぐらいになっていた。運動神経は克服したけど、手は挙げるだけでも辛かった。脚も自分が思っているよりも10cmぐらい低く上がっているらしく、階段で良く躓いていた。何よりも身体が固かった。指先が、つま先にちょんっと触れられるぐらいだった。こんな中年のおばさんがバレエができるのか!?
 
体験に訪れた線路沿いにあるちょっとレトロな青いタイルのビルの扉を開けると、ペールピンクとふわふわしたものの洪水だった。スタジオは想像以上にファンシーだった。「いらっしゃぁい!」っとちょっぴりオネエな先生がにこやかに迎えてくれた。長袖、長ズボンでがっちり身体を武装して、体育座りして待っている薄着の生徒さんの列の一番端っこを陣取った。3拍子のピアノの音楽が心地よい。座ったままレヴェランスというバレエ特有のお辞儀からレッスンが始まる。「これこれ! バレエっぽーい!」と心は踊るも、鏡に映った自分の姿がぎこちなさすぎてびっくりしてしまった。何よりも手が挙がっていなかった……
 
バレエで大切なのは下腹部の筋肉を引き上げ、骨盤を安定させることらしく、その為のトレーニングが床バレエなのだそうだ。だが、このトレーニングが地味にキツイ。最初は寝っ転がって、腹式呼吸や胸式呼吸の練習をした。なんとなくついていけていた。下腹部の筋肉のありかも何となくだが感じられたような気がした。次に脚を前に投げ出して、丁座に座って足首を曲げたりのばしたり、つま先を曲げたりのばしたり、膝を曲げたりのばしたり、その合わせ技だったり、この簡単な動作がきついのである。最終的には寝っ転がって脚を90度に上げ、同じような動作をするのだが、これも地味にキツイ。レッスンの初めの頃はヨガより強度は弱いのかと思っていたが、終わりの頃には腹筋が笑っていた。
 
レッスンが終わると「夜な夜な、こーんなことしてるのよー! 笑っちゃうでしょう? でも、これ、立ってやれって言われたら、絶対できないでしょう? 座ったり、寝っ転がったりしてるからできるのよー」と先生がニコニコしながら話しかけてきた。
 
「確かに!」
 
気づけば、運動系の講座の企画はそっちのけで、床バレエにはまってしまっていた。先生の気さくな雰囲気。ピアノの伴奏の心地よさ。鏡に映った先生の美しさ。ビールに手が伸びる度「醜い身体で先生と一緒に鏡に映ってよいのか?」という思いが脳裏を横切り、その手をそっとひっこめることができた。
 
半年が経った頃だろうか、お臍の両脇に縦の筋が見え始めた。このまま墓場まで持っていくものと思っていたお腹周りの脂肪は静かに姿を消しつつあり、腹直筋がうっすらとその姿を見せようとしていた。長袖、長ズボンの甲冑を脱ぎ棄て、レッスン着の布の面積は減っていった。座ったり、寝っ転がったままのレッスンを少し卒業して、本格的なバレエのようにバーにも触らせてもらえるようになった。始めは居酒屋のカウンターに酔っぱらってつかまっているみたいだったが、いつの間にか背筋を立てて、それなりに脚をあげられるようにもなった。ぎこちなすぎて笑ってしまっていたバレエ流のお辞儀もいつの間にか、腕も上がるようになり、バレリーナっぽくきれいに羽ばたけるようになっていた。立った姿で両膝を横に大きく開き、膝を曲げるポーズも、脚がしっかり開くようになってハムストリングが美しく見えるようになった。以前はお相撲さんの四股にしか見えなかったのに。この勢いでいけば、60才ぐらいで白鳥の湖を踊れるかも!?
 
夏に向けて、お腹周りが気になる方。いつか、またビキニを着て、海辺に横たわりたいと密かに企んでいる方。子供の頃、バレエをやってみたかったけど親にその夢を打ち砕かれた方。昔バレエをやっていたけど、しばらく離れてしまっている方。お勧めします。床バレエ。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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