メディアグランプリ

海辺の玉砂利と赤い糸


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記事:西田千鶴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
その病院に行く時は、いつも近くの砂浜へ立ち寄る。
 
ざーー。しゃりしゃりしゃり……。
 
波の動きに合わせて、無数の玉砂利が行ったり来たりする。石の擦れる音が心地いい。目を閉じて、心地いい風を感じる。この心地よい場所にいつまでもいたいところだが、私がここにきたのは、海を見にきたわけじゃない。重い腰を上げて、私は病院に向かった。
 
「転移したガンがかなり進行してるので、おそらく、そんなに長くないかと」
 
病状の説明をした後、医師は余命を告げた。
 
「そうですか。とにかくご本人が一番楽に生きられる方法でお願いします」
 
私は成年後見人という仕事をしている。成年後見人とは、認知症や、精神疾患で、正常な判断ができない方に代わって、 お金の管理をしたりする仕事である。本人が元気な間なら、お金の管理だけですむけれど、病気になったり、容体が悪くなった時に、医師から状況を聞いて、できるだけ本人によい方法を考えるのも、後見人の仕事だ。
 
家族がいれば、余命宣告は家族が聞くものだが、成年後見人がつく人は、そもそも家族と疎遠になっている人が多い。だから、私のような他人が、余命宣告を聞くことになる。
 
今年になって、今回が4度目の余命宣告だった。
 
よくよく考えると、成年後見人という仕事は、その役目をもらったら、その方が亡くなるまで付き添うのが仕事である。だから、余命宣告が付きまとうのは仕方がない。分かってはいるけれど、この場面に遭遇すると、毎回心が揺れる。そして、肚にぐっと力が入る。
 
普通、医師と出会うのは、病気の治療の時に出会うものだと思う。だけど、最近、私が医師に出会う場面と言えば、病気の治療の話ではなく、終末期の看取りの話のことばかり。
 
テーマは、いつも
 
どう治療するか? ではなくて、
 
ご本人がいかに生きるか?
ご本人にとって、どう生きるのが幸せなのか? ということだ。
 
今回の場合、ガンの末期だったが、抗ガン剤の治療は見送ることになった。抗ガン剤の治療は苦痛を伴う大変な治療となる。本人の意思がわからない上に、知らない間に、必要以上に苦しませるのは、本人のためにならないんじゃないかという結論だった。
 
私の脳裏には、面会に行くと、無邪気な笑顔を見せてくれるご本人の顔が浮かんだ。
 
本来ならば、ご本人の口からどうしたいのか? 聞きたいのだが、私が関わる方の場合、ご本人の口から聴ける状態でないのが実情なのである。人の生き方を他人である私が決めていいのか? というためらいをいつも背負っている。
 
いかに生きるか?
なにが幸せなのか?
 
毎回、まるで哲学のような問いを受け、答えのない海に飛び込んでいるようだ。
 
「以前はいかに命を延ばすか? いかに病気を治すか? そんなことばかりを考えていたんですけどね」と医師は続けた。
 
「医療が発達して、生きるのが当たり前になってくると、この治療は、本人にとって本当に幸せなのか? 豊かな人生なんだろうか? そんなことを考えてしまいますね」
 
現場で、現実に向き合い続けている人の言葉はずっしり重い。
 
成年後見人の仕事は、主にお金の管理だけれど、実際の役割は、透明な筒みたいなものだと思っている。そもそも、本人でもないし、家族でもない。かといって、法律家としての立場であるけれど、法律の正義を振りかざすのも違う気がしている。
 
できるだけ、本人の意思をくみ取り、ご家族の意向を確認して、医師の意見を聞き、現場の職員さんから聞く状況を受けて、それらを全部含めて最大公約数の答えに落とす。それが仕事だと実感している。
 
この仕事をしていると、一人の人に、たくさんの人が関わっていることがよくわかってくるのだ。
 
家族
介護施設の職員
ケアマネジャー
役所の福祉担当
病院の看護師
医師
葬儀屋
僧侶
 
さまざまな立場の人が、その人が生きている間、あるいは亡くなった後、それぞれの役目を持って、一人の人に向き合い、一人の人に関わっていく……。
 
家族がいないと、一人で孤独になるのが怖い。あるいは、他人に迷惑をかけたくない、と言う人がいるけれど、この仕事をしていると、家族がいない人でも、必ず誰がか関わってくれることがわかる。家族じゃなくても、他の誰かが必ず気にかけてくれている。それは、まるで見えない糸でつながっているように。
 
私はこの仕事を通して、何人もの方の人生の流れを体感させていただいた。そのおかげで、人は、死ぬまでに、さらに死んだ後も、知らず知らずの内に、たくさんの人と関わっていることを知った。
 
だから、そもそも人は一人では死ねない。自然に他人に関わられてしまうのだ。波間で擦れ合う玉砂利たちのように。だったら、無理して孤独になるのをあきらめて、波に揺られるように自然体で生きた方がいいのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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