ゴールは約束されている
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記事:市川 みどり(ライティング・ゼミ日曜コース)
「フルマラソンを走ろう! と思った瞬間、もうゴールは約束されているんだよ」
仕事でご一緒させていただいたフィットネスの先生から、そう言われた。
もう20年も前の話である。
私は、「へえ、そうなんですか」と調子を合わせながら、心の中でこう突っ込んでいた。
そんなわけあるかい!
フルマラソンと言えば、42.195kmを走る、あの競技だ。
42kmは、普通に考えたら歩ける距離でもない。
それを走るなんて、正気の沙汰とは思えない。
自慢ではないが、私は子どもの頃から走るのが大の苦手だった。
とにかく遅い。
小学校の徒競走は、いつもダントツでビリだった。
ずば抜けた足の遅さがバレるのが嫌で、なるべくスタート直後に転ぶようにしていた。
今思うと、そっちの方がよっぽどカッコ悪いのだが……。
中学にあがってからは持久走なるものがあった。
校庭の200mトラックを5周、つまり1kmを走るというものである。
ここでも私はぶっちぎりのビリだった。
よく「短距離は苦手だけど、長距離は割と得意」という人がいるが、私は両方ダメらしい。
最後はみんなに応援されてゴールをするのがお決まりだった。
一見すると感動のシーンだが、それが惨めで仕方なかった。
しかも、ゴール後は決まって気分が悪くなり、保健室へと運ばれた。
最低最悪の思い出である。
1kmでそんな状態なのだ。
10kmだって死ぬだろう。
ましてや42kmなど、100回生まれ変わっても走れるわけがない。
しかし8年前、私は思ってしまったのだ。
フルマラソンを走ろう! と。
きっかけは、ある病気からの復活であった。
30代の頃、謎の摂食障害を発症した。
複数の病院をはしごして調べまくったのだが、原因がわからなかった。
原因がわからないと対処のしようがない。
結局、私は満足に栄養が摂れない状態で10年間を過ごすはめになった。
栄養が摂れないので、1日の消費カロリーをできるだけ押さえる必要がある。
休みの日などは、ほとんど動かず、お地蔵さんのような生活を送っていた。
10年経って、ようやく原因がわかった。
「食道アカラシア」という珍しい病気だった。
珍しすぎて診断がつかなかったのだ。
原因がわかれば対処のしようもある。
私は手術を受け、10年ぶりに人並みの栄養が摂れるようになった。
お地蔵さん生活からの脱却。
これまでできなかった分を取り戻すかのように、友人とも遊びまくった。
しかし、10年もお地蔵さんをやっていたため、私の基礎体力は著しく落ちていた。
楽しく遊んでいても、小一時間で疲れきってしまう。
これはまずい。
まともに遊べるだけの体力を取戻さねば!
そういうわけで、私は近所の公園を走り始めた。
最初は700mが限界だった。
しかし、毎日続けていくうちに、距離だけは面白いように伸びていくことに気づいた。
700mが1km、2kmと伸び、1ヶ月も経たないうちに5kmを走れるようになったのだ。
そして、3ヶ月後には10km、半年後にはハーフマラソンの21kmを走っていた。
この調子でいけばフルマラソン、走れちゃうかも。
挑戦してみようかしら。
「フルマラソンを走ろう! と思った瞬間、もうゴールは約束されているんだよ」
あの先生の言葉が頭をよぎった。
それから毎日、フルマラソンに向けて距離を伸ばしていった。
相変わらずの超鈍足ではあったが、持久力だけは確実についていった。
さすがに25km以上となると、それまでのように甘くはなかったが、あの先生の言葉を信じてみようという気になっていた。
2012年3月。
荒川の河川敷で行われた板橋シティマラソンが、私の初フルチャレンジとなった。
練習で30kmまでは走っていたが、そこから先は未知の距離。
マラソン経験のある先輩からは、こんなアドバイスを受けていた。
「残りの12kmは脳内のアドレナリンとかで何とかなる!」
なるほど。
確かに32kmぐらいまでは何とかなった。
しかし、そこから足腰の痛みが一気に強くなった。
たとえて言うなら、下半身を地ならし用のローラーで轢かれている感じである。
そんな状態でまだ10kmも走らねばならない。
心が折れそうだった。
そんな時、ふと思い出したのだ。
あのお地蔵さんの日々を。
エネルギーを消費しないよう、どんなに天気が良い休日でも、部屋でじっとしていたあの頃を。
今はこうやって太陽の下、元気に……とは言い難いが、アクティブに動けている。
ああ、なんてありがたいのだろう。
そう考えると、身体は悲鳴を上げていたが、心は何とか保つことができた。
今、走れていることに感謝しながら一歩一歩進んでいくうちに、ゴールは確実に近づいてきた。
あと2km。
あと1km。
あと500m……。
ゴール!
あの日、先生が言ったことは本当だった。
絶対に無理と思っていたフルマラソンの完走は、私に大きな自信を与えてくれた。
32km過ぎの、あの地獄を乗り切ったのだから、たいていのことは大丈夫と思えるようになった。
今はこんな風に考えている。
「何かにチャレンジしようと思った瞬間、もうゴールは約束されている」
仕事でも学びでも、これは無理かも、と思う局面がよくある。
しかし、まずは自分を信じて最初の一歩を踏み出すことだ。
そうすれば、その先に、ゴールは必ず約束されている。
***
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