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メディアグランプリ

心の中でパッと咲いた、土砂降りの中の紫陽花


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川サチ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
Aさんとの仲が気まずくなったのは、ほんの些細な出来事だった。
 
Aさんとは、同じマンションに住み、引っ越してきた時期もほぼ同じ。お互いの子どもは、性別が違ったけれど、同級生だった。
 
すぐに私たちは意気投合した。
授業参観などの学校の行事があれば、マンションのロビーで待ち合わせをして一緒に学校へ行った。
好奇心旺盛なAさんが近所を探検して、新しいお店を見つけては、そこで一緒にお茶をしたりランチを楽しんだりした。
お互いの子どもや家庭の悩みを打ち明け合った。
 
生真面目なAさんは、家計を節約するために、スマホも携帯も持たず、連絡は家の固定電話だった。
 
電話には、主人も出ることもあったので、いつの間にかAさんの家族とは家族ぐるみで付き合うようになっていた。
 
私たちが暮らす地域では、毎年PTAの地域役員が入れ替わり、順番で役を担わなくてはならなかった。
PTAの地域役員は、地域のお世話係りで、人見知りの私には「できるだろうか?」と不安だった。
 
子どもが4年生にると、地域役員の仕事が私たちに回ってきた。
Aさんか私かどちらかをやることになった。そういう仕事に消極的な私を横目に、Aさんは、「私が最初にやるね」と気持ちよく引き受けてくれた。
 
その翌年は私の番だった。不安だった私に、Aさんは色々とアドバイスしてくれて、積極的に協力してくれた。
 
Aさんの協力のおかげで私は、他の人の半分の労力でその役目を終えることができそうだった。
 
「できそうだった」というのは、次の役員にバトンタッチする間際に、事件が起きたからだ。
 
私の家のリビングで、次の地域役員のBさんへ、仕事の内容などを説明し終えた時、突然、Bさんが言った。
 
「お話があります」
 
Bさんは何か思い詰めたような暗い表情をしていた。
 
「何?」
 
私は気楽に答えた。
 
Bさんは、伏し目がちに言った。
 
「実は、うちのB子なんですが、最近ナーバスになっているようなんです」
 
B子ちゃんもうちの子と同級生で、春には小学6年生になろうとしていた。
 
「B子、私が、地域役員をするのがすごく嫌みたいなんです、神経質な子なので……私もどうしたらよいか分からなくて」
 
と言って、ポロポロと私の前で泣き出したのだ。
 
Bさんは以前から、「次はBさんの番だよ」という話題になると、顔を曇らせていた。
 
土壇場になって子どもがナーバスになっているからできないと言われても正直、困る。
 
しかし、私も同じ歳の子どもがいるし、こういう地域の人たちのお世話係というのも苦手なので、Bさんの気持ちもよく分かった。
 
だから、目の前でポロポロと泣いているBさんの姿に、流されてしまった。
 
地域役員が決定している状況で、「役員をやりたくない」というBさんのことを他の人達に相談したら反対されるに決まっている。
 
咄嗟にそう思った。
 
そして、だったらBさんの代わりの人を決めて、他のみんなには事後報告にしようと判断した。
 
この決断が命取りになってしまった。
 
「じゃあ、次の人を誰かに変わってもらうね」とBさんに快く答えた。
 
急いで、私は次にやってもらえそうな人に当たった。
 
「どうせ、いつかはやらなくちゃいけないことなのでー」
 
快く引き受けてくださる人がいて、Bさんの代わりは決まった。
 
Bさんの代役が決まった後、私はAさんに知らせた。
 
私の報告を聞いて、Aさんは一瞬言葉を詰まらせた。そして普段は温和なのに、私に強い口調で言い放った。
 
「そういう話は、みんなで話し合って決めるべきだと思う。サチコさんが独断で判断して決めるようなことではないよ」
 
私は、Aさんは、Bさんの気持ちが分からない、実情も分からず、ルールや慣習に縛られていっているのだと思った。
 
しかし、Aさん以外の人たちの反応も同じようなものだった。「サチコさんが勝手にやるのは、暴挙だ」みたいに言われた。
 
私は、全くそんなつもりはなかったのに。
Aさん含めみんなは、Bさんの気持ちが分からないし、つまらない慣習にこだわりすぎだと思った。
 
それから、私たち家族にとって、地域の風景が変わった。
 
Aさん含め、地域の他の人たちの私を見る目が冷たくなったように感じた。
 
「サチコさんは、周りの人の意見を聞かずに自分勝手に行動する人だ」と言う目で見ているようだった。
 
親しくお付き合いしてくれた人も、よそよそしくなって、バッタリ道ですれ違っても目を合わせてくれないということが度々あった。
 
私だけでは無く、旦那や子どもにも。みんなよそよそしくなったようだった。
 
わが家だけ、マンションの中で一軒、ぽつんと島流しに遭ってしまったかのように孤立した。
 
1~2年は息が詰まるような生活をしていた。が、数年経つと私も地域とは全く関係ないサークルとつながるようになった。仲間ができると、地域で浮いていても気にならなくなった。
そしてここ1年、ようやく、あの当時のことを冷静に考えられるようになった。
 
当時のAさんの気持ちも、痛いほど理解できる。
 
「ひと言相談しておけば良かったなぁ」と後悔した。
 
自分自身の身勝手な判断と行動について、他の人たちにどう映ったのかも分かるようになった。
 
あのとき、ひと言、みんなに相談していれば、ベストな選択はできなくとも、ベターな選択はできただろう。それができなかったために、ワーストな結果になってしまったのだから。
 
カラリと晴れた日は、Aさん部屋のベランダを気にするようになっていた。
 
Aさんは、よくこう言っていた。
 
「晴れた日は家中のシーツやカバーを集めて全部洗濯して外に干すの」
 
Aさんの家のベランダの洗濯物を遠くから見て、その存在を確かめていた。
 
今年に入り、ある異変に気づく。
 
どんなに晴れた日でも、Aさんの部屋のベランダに、洗濯物がない。
 
家の様子も、夜になっても電気がついていない日が続いた。気がつけば、駐輪場に置いてあったAさんの白い小さな電動自転車も無くなっていた。
 
「Aさん、引っ越ししたんだ」
 
そんな7月の土砂降りのある日。
 
玄関のドアを開けると、新聞受けのポケットから、紙がドサッと落ちた。電気料金のお知らせなどの伝票が数ヶ月分貯まっていたのだ。
 
まとめて捨てようとしたら、その中にメモ書きのようなものがあった。
 
メモにはこのように書いてあった。
 
「7年住んだ、このマンションを引っ越します。お世話になり、ありがとうございます。いよいよ子どもたちは受験だね。元気でいましょうね。1月3日」
 
日付から、そのメモが投函されてから半年以上経っていたのが分かった。
 
半年以上も気づかないでいたなんて……
 
しかし、そのメモを見て、この4年間の心の重荷が一気に軽くなったような気がした。
 
Aさんも、わが家のことを気にかけてくれていていたのだ。引っ越しする前に、このような置き手紙をわざわざうちのドアの新聞受けに残してくれたなんて。
 
律儀なAさんらしい。
 
泣きたくなるほど嬉しかった。
 
もし。いつかどこかで、Aさんとばったり出会うことがあったら、何て声をかけよう。
 
マンション中庭で雨に濡れながら咲いている紫色の紫陽花が、心の中で、パッと咲いたような気がした。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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