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メディアグランプリ

コロナの先に見えたのは、会社の未来か、僕の希望か


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:浦部光俊(ライティング・ゼミ特講)
 
 
役員会議を終えたS経理部長が、僕たちのほうに近寄ってきた。興奮で顔は真っ赤だ。
 
その姿を見た瞬間、僕の心臓の鼓動が激しくなった。心臓が口から飛び出しそうだ。喉はカラカラ、足も震えている。隣にいるT君は顔を伏せ、足元をずっと見つめている。とても現実を直視できない、その気持ちは痛いほどわかる。この瞬間に、会社の未来、そして僕たちの未来もかかっているのだ。
 
S部長が僕とT君の目の前に立つ。こみ上げてきた苦い唾を飲み込む。長かったこの1年間の成果が今わかる。
 
S部長と僕の視線がぶつかった。「やるじゃねぇか」 普段はめったに人をほめることのないS部長がニヤッと笑った。
 
「本当によくやった。これで会社は救われたぞ」 S部長が満面の笑顔で僕とT君の肩をたたく。「赤字は回避できそうだ。銀行も追加の融資を確約してくれた。これで、コロナを乗り切れる」 僕とT君の肩を力いっぱい叩いた部長は、そう言い残して席に戻っていった。
 
T君を見る。肩が震えている。顔は伏せたままだ。泣いているのかもしれない。
 
僕たち、やったんだよな、思わずそんな言葉が口をついた。自分でも信じられない。でも、この肩に残るジンジンとした痛み、それが教えてくれる。嘘じゃない、お前たちは、本当にやったんだ、と。
 
そう、僕たちは本当にやったのだ。会社は救われたのだ。僕たちが作った会社の利益改善計画、このおかげで赤字を避けられたし、銀行はこれからの融資を約束してくれた。
 
僕が所属するのは中堅運送会社の経理部。コロナで売上が激減する中、僕とT君に課せられた使命、それは超がつくほどの正確な利益改善計画。コストを徹底的に削り、もらえるお金を何としてでも探し出す。リアルな利益改善計画で、赤字を回避して、銀行に融資継続を確約させる。それができなければ、会社の未来も、当然、僕たちの未来も……
 
「僕たち、本当にやったんだね」 目を赤くしたT君が、つぶやいた。
「うん、やっと終わったね。長かったけど、これでやっと一つ、区切りがついたのかな」 僕は思わず目を閉じた。瞼に浮かぶのは、ここまでの長くて険しい道のりだった。
 
「てめら、いい加減な数字、作ってんじゃねぇ」 S経理部長の怒声が会社中に響き渡った。部長の前に立たされた僕とT君。背中に突き刺さる全社員の視線。今から1年前、僕たちが最初に作った利益改善計画はボロボロだった。
 
某電機メーカーとの契約が打ち切られるのでは、という話がきっかけだった。経費削減の一環で、運送会社との契約を見直しているというのだ。会社中がパニックになった。うちの売上の約3割が某電機メーカー。これがなくなったら赤字は必至、銀行が融資を打ち切る話も出かねない。
 
「利益改善計画を作って、黒字確保をしろ」 社長から経理部への緊急指令が出たその日、僕とT君を呼びつけたS部長が言った言葉、それは「お前ら、2人でなんとかしろ」 だった。
 
今思い出しても、かなりの無茶ぶりだ。というのも、うちの会社、利益改善計画なんて作ったことがない。どうやったらいいのか、誰もわからない。といえ社長の指令、わかりませんで済む話ではない。手探りの僕たちが連絡を取ったのは各地の営業所長だった。お客さんに近い彼らなら、経理部の僕たちよりも生の情報を持っているに違いない、そんな僕たちの期待はあっさりと裏切られた。
 
「利益改善? そんな都合のいいもの、こっちが教えてほしいよ」 電話を切られる。でも引き下がるわけにはいかない。もう一度電話をする「うるせえな。適当に経費1割減らしとけ。数字の責任はそっちでとれよ」 もう少しまともな情報が聞けると思っていた、T君と二人、ため息をついた。その後の回答はどれも似たようなもの。「一円にもならねぇ仕事しやがって。だから経理部ってのは役立たずなんだよ」 時にはこんなことをいう人もいた。
 
悔しかった。
涙が出そうになった。
僕たちだって、手探りで何とかしようと必死になのに、どうしてそこまで言われなきゃいけないんだ。投げ出したかった。
でも、どうしようもない……
 
その頃の僕たちは完全に開き直っていた。どうせ、僕たちなんてこの程度。適当に集計してS部長のところへ持っていけばいいでしょ、きっと何の役にも立たないけど。
 
「ふざけんじゃねぇ。こんな数字で社長を説得できると思ってるのか」 予想通りの展開だった。書類を投げつけられた僕とT君は、とぼとぼと席に戻った。「これで終わったと思ってないよな」 部長の声を背中越しに聞いた気がした。
 
その後、某電気メーカーとの取引は、規模こそ縮小されたものの継続、決算も黒字確保の見込み、会社中にホッとした空気が広がった。
 
僕とT君を除いては。
 
結局、僕たちは何もできなかった。役立たずの経理、あの言葉に返す言葉もない。僕たちの役目はこれで終わったのか。敗北感だけが残ったまま、これで終わりということなのか。あれ以来、S部長は何も言ってこない。でもあの時の部長の言葉が忘れられない。「これで終わりと思ってないよな」 このまま終わってしまっていいのか。いや、終わりにしたくない。
 
その気持ちはT君も同じだった。僕たちは、もう一度、各部署に連絡をとった。でも、今度はアイデアをお願いするだけじゃない。馬鹿にされてもいいから、僕たちなりの分析と提案を持っていった。電話でお願いするんじゃなくて、直接、会いに行った。
 
もちろん、最初からうまくなんて行くはずがない。うるさいやつだなと、何度も追い返された。そんな提案、冗談だよね、一蹴されたこともあった。それでも、とにかくあきらめずに何度もお願いした。何度も会いに行った。
 
そんなことを繰り返しているうち、次第に僕たちの仕事に理解を示してくれる人が出てきた。
「金曜の夜だったら時間とれるけど」 そう言われて話し込んだ結果、土曜日の始発で帰ったこともあった。
「あれから考えたんだけど、こっちのほうがいいかも」 率先して提案をしてくる人たちも出てきた。
 
時間はあっという間に過ぎていった。手ごたえを感じつつも、どれだけやっても足りない、そんな思いの中、突如やってきたのが、コロナだった。日々、激減していく売上。一年前の悪夢がよみがえる。
 
社長からの利益改善計画の緊急指令が出たその日、僕とT君はアクセルを踏み込んだ。
 
「役立たずの経理といった奴らを見返してやる」 最初に頭に浮かんだのは、そんな思いだった。でも、と我に返った。今、自分たちが手にしている情報は、いろんな人たちが協力してくれたおかげ。決して僕たちだけの力じゃない。そして今、会社のみんなの将来が、僕たちの利益改善計画にかかっている。自然と浮かんできた気持ち、それは、みんなの力になりたい。協力してくれた人たちの気持ちに答えたい、だった。
 
今日は、経理部長が社長と銀行に説明をする日。これがうまくいけば、会社は生き残れる。すべてはこの日にかかっている。みんな、それを知っているのか、誰の顔にも緊張が見て取れる。
 
部長と僕たちの様子を見た周りから自然と歓声があがった。ほっとした顔、しわくちゃの笑顔、泣きそうな顔。そんな顔を見て、ふと思った。僕が見たかったのはこんな景色なのかもしれない。みんなで力を合わせ、そして笑顔を作っていく。また、そんな仕事をしてみたい。そんな風に思った。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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