素敵な大人のお稽古は、お茶室にて。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:坂田文(ライティング・ゼミ通信限定コース)
動きを止め、しばらく黙り込んだ後、その人は自分に向けてつぶやいた。
「頼んない先生やなぁ」
そして私の方へ向き直り、私が手にしているノートにはどう書いてあるかと尋ねた。
その日は、茶道でいくつかあるお点前のうちでも、風炉の炭手前のお稽古だった。
それは、いわゆるお茶をいれる作法ではない。
お茶をいれるための湯をわかす「風炉」と呼ばれる夏用の小さな囲炉裏に、炭を入れる作法である。
そのお点前は、師匠にとっても、実に数十年ぶりのお稽古だったそうだ。
というわけで、若かりし頃の師匠自身が、その作法を書き写したノートを見ながらのお稽古となったわけである。
確認を終えると、師匠は見本のお点前にもどった。
私は、京遠州流という流派で茶道のお稽古をしている。
月に一度なので、とても熱心であるとは言えない。
それでも、細々とつづけられているのは、間違いなくこの師匠のおかげである。
一緒にいて、実に楽しい、人間としての魅力あふれる人なのだ。
茶道は、四季の移ろいに合わせてお点前が変わっていく。
春夏と秋冬では大きく違うし、それとはまた微妙に違う、移行期間のお点前もある。
お稽古の時には、いつも師匠が見本のお点前を見せてくれるのだが、季節の変わり目などは、「えーっと……」と言って考えこむことがある。
そして私に言う。
「多分、合ってると思うんですけどね。後でちゃんと調べてお伝えしますね」
「先生なんだから、しっかりしてよ!」と思われる方もいるかもしれないが、私には、とても誠実な対応のように思える。
自分の自信のなさを認め、それを相手に伝えることができるのだから。
その相手が、たとえ弟子であっても。
以前、私が無理なお願いをしたことがあった。
海外から来た友人が、よく聞けば別の流派で茶道のお稽古をしているということで、京遠州流のお点前を見せてほしい、と言うのだった。
師匠は60代後半だが、いまだに現役で仕事をしているし、友人の滞在期間は短く、日は限られていた。
ダメ元でお伺いを立てたところ、あっさり答えてくれた。
「いいですよ。日は決めてください」
そして、師匠手作りの茶室にて、確かな道具を使った素晴らしい茶会を開いてくれた。
いつもお稽古をするその茶室は、師匠の手作りなのだ。
師匠は、寺社仏閣の木造建築に関わる職人、いわゆる宮大工で、有名なお寺の茶室を造ることになった時、練習に、と自宅に茶室を造ってしまったのだ。
「何事も、お稽古が大切ですよ」
そう言って、当時を振り返っていた。
お馴染みの料理屋さんでは、師匠が宮大工であることは周知されている。
先日、お稽古の後に一緒に伺ったお店では、「カウンターの反りがひどいんです」という板前さんからの相談を受け、躊躇することなくカウンターの下へ潜り込み、状態を確かめていた。
そして、カウンターの下から戻り、はにかみながら一言。
「わからん」
「わからんのかーい!」と、その場にいた全員が心の中でつっこんだと思う。
けれど、そんな師匠の振る舞いは、職人気質からくるものだろうか、実にあっさり、さっぱりとしており、とても気持ちが良いのだ。
そんなおちゃめな部分もある師匠だが、茶道歴はもう50年以上ではなかろうか。
同じ流派の方からの信頼は厚い。
例年であれば、7月のこの時期は日本三大祭りの一つである祇園祭のお茶席の準備で忙しい頃である。
抹茶とお菓子をお出しし、お菓子をのせてあるお皿は持って帰っていただけますよ、という毎年恒例のものである。
それを30名ほどのスタッフでまわすのだが、それを取り仕切るのが、わが師匠である。
慣れたもんだという具合で各所に指示を出し、師匠自身は進行の確認をする。
そして開場直前に行われるのが、「献茶」という神様にお茶をお供えする儀式である。
もちろん、それを行うのも師匠だ。
これは、やりたければ誰でもできるというものではなく、家元からの許しがなければできない、大変に名誉なものである。
この献茶は、お客さんを入れずに行うのが通例であった。
しかし、さて今から献茶をするぞ、という時に、師匠の元へ1人慌ててやって来た。
「お客さんが、かなり並んではるんで、もう開場してほしいって受付の人が言ってはるんですけど……」
そこでも、また師匠はあっさりと答えた。
「いいですよ。開場してください」
そして、お客さんを入れての献茶となった。
異例のことだろう。
それでも、師匠は涼しい顔をして、あっさりと受け入れてしまう。
柔軟であることに頑固です、とでも言わんばかりの柔軟さである。
そして、私が初めて参加したその年、京遠州が担当したお茶席の一日の来場者数は2000名に届く勢いだった。
度々、師匠は私にこう言う。
「坂田さん、やめんといてくださいね」
今のところ、私が茶道をやめる理由は見つかっていない。
やめるつもりもない。
師匠の下でお稽古をして学べるのは、茶道についてだけではないのだ。
人として誠実であることや、人生を楽しむこと、そしていかなる事態にも柔軟に対応できるだけのしなやかさを、常に教えてくれている。
私の人間性が豊かになるよう、色付けしてくれているようだ。
いつまでもお元気で、素敵な大人のお手本を示しつづけてほしい。
弟子の勝手なお願いかもしれないが、私はいつもそう思っている。
***
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