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『女のTaboo(タブー)が変わるとき』

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*この記事は、「編集ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:古川雅子(編集ライティング講座)
 
 

甘美な秘密を持つには回数があり過ぎる


昭和っぽいイラストが表紙のA5サイズの古いノート。びっしりと書きこまれたページをめくり、ようやく最後の行にたどりつく。「もういい加減ここらで終わってもいいんじゃないの?」と苦々しく思いながら、今日の日付をまた新たに書き込む。ノートの最初のページ、最初の行に戻ってみると1981年3月22日、23日…と書かれている。そう、すべてがこの日から始まって、そして40年近くも続いているのだ。
1981年3月22日。これは私の初潮の日。今日までの月経回数を数えてみたら全部で438回あった。ただの日付の羅列なのに、それからは何かを恨むような陰鬱とした思いが立ち上っている。女性なら誰もが理解してくれるであろう。アレが始まった時のあの気持ちを。ちなみに、私が初潮を迎えたくらいに読んだ「アンネの日記」にはこんなくだりがある。
『生理があるたびに(といっても、いままでに三度あったきりですけど)、面倒くさいし、不愉快だし、鬱陶しいのにもかかわらず、甘美な秘密を持っているような気がします。ある意味では厄介なことでしかないのに、そのつど内なる秘密を味わえるのを待ち望むというのも、たぶんそのためにほかなりません。』(1)私も当初は“甘美な秘密を持っているような”乙女な心持ちがあったかもしれないが、そんなものは一瞬。なにせ毎月うんざりするほどやって来るのだから。
統計によると(2)明治時代の女性は初経を迎えるのが平均16歳で、閉経はだいたい40代後半だったそう。今は体格もよくなったことで初経が平均12歳、閉経も50代前半となった。しかも、妊娠と母乳育児中は月経が止まるので、生涯の出産回数が減った現在は生涯月経数もがぜん増えた。私のおばあちゃんが50回ほどだったのに対し、私はその10倍の450~500回はあることになる。これ、回数の話で日数にしたらその差はさらに大きくなる。
ところで、こういった女性性特有の話をしていると、反応が面白いくらいに分かれる。
・自分事として興味関心がある
・知識として知っておいても
・関係ないし、興味もない
・恥ずかしいこと、大っぴらにしてほしくない
男女問わず大きくはこんなところか。ざっくり言って世界の人口の半分は女性だし、その女性性によって生を受けているというのに…である。遺伝子組み替え技術が進化し、火星への有人飛行を計画する時代で、なぜ生理を話題に上げることには消極的なのか。
 
 

「生理ちゃん」炎上事件から見えるもの


昨年末、大丸梅田店に女性性をテーマにしたショップ「ミチカケ」がオープンした。そのスタッフが生理中であることを「生理ちゃん」バッジで表明することが、一時ネットで炎上したことはまだ記憶に新しい。「露悪的」「表明されても困る」といった意見や「もっとオープンに語られるべき」といった、ネット民が個人の見解を述べるにピッタリの話題だったようだ。ちなみにバッジに使用された「生理ちゃん」は『小山健のツキイチ!生理ちゃん』という人気Web漫画のキャラクターで、「男はぜんぜん生理のイライラやつらさが分かっていない!」と、その啓蒙をすべく擬人化されたものだ。この漫画は話題になり実写映画化もされている。
これらの事例から見えてくるのは、女性性に関する問題は実にSNS向きであるということだ。今や私たちの生活に欠かせない存在のSNSは、まさに社会との繋がりであって、重要な意思表⽰のツールとなっている。特に、関心の高い社会問題は利害の違いなどから⽣じる争点や議論が存在するため、コンテンツ内に主張があればあるほど賛成・反対の意見がシェアを通じてムーブメントになりやすい。「#MeToo」や「#KuToo」運動にも見てとれる動きだ。
しかし、それらは諸刃の剣でもある。たとえば、2019年6月にユニ・チャームが先導した「#NoBagForMeプロジェクト」も同じく賛否両論が巻き起こった。これは生理用品を買う時に紙袋を用意されたり、隠すのが当たり前とされている女性の生理やカラダのことを、気がねなく話せるようにすることをコンセプトにスタートした。まさに、生理について大っぴらに語ることをタブー視してきたことへのアンチテーゼだ。しかしながら、企業主導の思いはPR戦略の範囲で捉えられ、SNS上でさらなる厳しい意見も叩きつけられる。長い間、女性が生理を「恥ずかしい」こととしてきた歴史は、そう容易くは変わらない。今は変容の萌芽が様々に現れている時なのかもしれない。
 
 

生理タブーの歴史


昔の女性はどういった生理習慣を過ごし、どういう価値観を持っていたのか。今の10分の1の月経回数だったとはいえ、あの面倒で憂鬱な気持ちに変わりはなかったはずだ。「生理用品の社会史』(3)によると、平安時代に書かれた医学書『医心方』に出てくる「月帯(けがれぬの)」と呼ばれるものが、日本の生理用品の一番古い記述だそう。フンドシのようなものに当て布を挟み使用する、後の月経帯の原型みたいなものだ。おそらく貴族の女性が使った高級品で、一般女性は布の代わりに植物などを使っていたらしい。
ここで注目すべきは、「月帯(けがれぬの)」その呼称である。

けがれ【穢れ・汚れ】
①きたないこと。よごれ。不潔。不浄。「うぶで―を知らぬ」
②神前に出たり勤めにつくのをはばかる出来事。服喪・産穢さんえ・月経など。
③名誉を傷つけられること。汚点。「お家の―」
『広辞苑(岩波書店)』より

まさに、月経を不浄視する考えは1500年以上前からも脈々と伝えられてきたことなのだ。作家・文化人類学者の上橋菜緒子氏によると(4)、西南日本を中心に各地に「月経小屋」なるものが存在し、産前産後や月経中の女性を隔離するために使われたという。月経には、①血と密接に関わること。②出産能力と関わること。③女性のみの特性であること。この3つの要素が地域によって多種多様に解釈され、月経を穢れ(ケガレ)とする不浄観や女性忌避に繋がっていったとしている。
医学がまだ発達していなかったころ、出血は人々に死をダイレクトに想起させたし、また経験的に血液が感染症を媒介することも知っていた。定期的な出血への畏怖の念もあったと思われる。宗教的な意味合いや生業に直結する慣習、疫学的観点から先ずは「恐れ」、そして女性性に対する忌避的な「穢れ(ケガレ)」の意識が定着していったのだ。
こういった考えは別に日本に限ったことではない。民族学者の大森元吉氏のレポートによると、世界各地でこのような月経禁忌がある。コスタリカでは月経中の女性と同じ食器を使った人は死ぬと信じられていたり、アフリカでは月経中の女性は鍋や釜を他の家族と別にされていたり、イタリア、スペイン、ドイツ、オランダなどのヨーロッパでも月経中の女性が花や果物に触ると、萎びてしまうと言い伝えられている。そして、インドでは昔の日本と同様に「月経小屋」なるものが未だ存在している。
 
 

映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』


2018年末に日本公開された映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』は実話をもとに作成されたインド映画だ。実在モデルであるアルナチャラム・ムルガナンダム氏は、現代のインドでタブー視されていた「生理用品」の普及のため、ソーシャルビジネスを起業した男性で、彼のTEDスピーチやインタビューはYouTubeで見ることが出来る。ムルガナンダム氏によると「インドの公的な数字では、ナプキンの使用率が10%程度。様々な場所で、この数字を見せると、よく怒られる。インドは高層ビルも建ち、ロケットも打ち上げられている。そんな力のある国で、なぜこんな状況なんだと。7人のうち1人以下しかナプキンが使えない」。
映画のシーンにも出てくるが、生理用品は日用品にもかかわらず、比較的高価なので多くの女性は買わないのだ。洗濯物の下で隠して干した生乾きのぼろ布で月経の出血をしのぎ、出血が止まるまでは家のベランダに備え付けられた専用の小屋で過ごさなければならない。まさに昔の日本にあった「月経小屋」である。ムルガナンダム氏は結婚して初めて、女性が月経になるとどうなるかを知り、そして妻のため、女性のためにタブーと戦ったのだ。
インドは全人口の8割がヒンドゥー教徒である。その宗教的価値観がインド文化を形づくっていると言ってもいいだろう。おそらく、日本のような特定の宗教に基ずかない女性忌避よりも、教典に明記されている女性忌避のほうが遥かに強固であると考えられる。映画『パッドマン』のストーリーでも、ほとんどの女性がその価値観を従順に受け入れ、女性のためと思ってタブーと戦っている主人公にさえ、敵対し辛くあたるのだ。このジレンマ。これこそが、「生理ちゃん」炎上事件にも通じる「恥ずかしい」と思う“気持ち”の部分なんだと思う。頭ではその正当性を理解し、共感する部分が多くあったとしても、誰もがそれぞれに違う固定概念や滞在的タブーを持っているのだ。決して全員一緒ではない。そして、その固定概念やタブーによるところの、“気持ち”が一番大事だったりもする。また、“気持ち”は説得しにくく、急に変化したりもしない。ゆっくり変化していくものなのだ。
 
 

フェムテックが女のタブーを変える!?


「female(女性)」と「technology」を組み合わせた造語「FemTec(フェムテック)」。いわゆる女性のQOL(Quality of Life)向上の発想から誕生した新しい市場だ。ここ最近、世界全体でのフェムテック業界への投資額が伸びており、2012年の60億円から2019年上期の400億円と約6.6倍に大きく増加している。マーケティングリサーチの会社Absolute Markets Insightsによると、「世界のフェムテック市場は、2027年までに530億ドル(約5兆7000億円)規模まで成長する」らしい。日本では2000年に開始した生理日管理アプリ「ルナルナ」がフェムテック分野として有名だが、新しいサービスが次々ローンチされる欧米に比べるとまだまだ出遅れている感がある。
これはやはり、日本の女性性に対する無意識のタブー観が影響しているように思う。
また、女性の起業家やエンジニア、政治家が活躍する場が少ないことも大きい。いずれにせよ、日本全体のジェンダー問題に対する意識の低さが影響している。メディアは取り上げたくないかもしれないが、2019年の「ジェンダー・ギャップ指数」は総合順位で対象の153カ国中121位。先進主要国首脳会議参加国(G7)で見ても最低の順位であり、中国や韓国よりも低い。数字にはちゃんと日本の女卑意識を表しているのに、当の日本女性があまりそれを意識していないことが不思議でならない。
これまでタブー視されてきた女性性にまつわるものは多岐にわたりニーズも多い。フェムテックがカバーするものは、生理に関するもの、妊娠・出産に関するもの、更年期に関するもの、性生活に関するもの、女性特有の乳がん・卵巣がんといった病気など…。量的(人口の半分は女性)であることはもちろん、質的(医学・生物学的テクノロジーが必要)であることからも、フェムテックへの期待は高まる。また海外とは少し違った日本独自のフェムテックの方向性も見られる。タブー色の強い女性性を多様性というオブラートに包み、ジェンダーレスから女性性のタブーを覆すといった具合だ。どんな形にしろ、今、古い固定観念やタブーにメスは入れられた!
39年前の1981年に書き始めた私の生理日ノート。あと数年もすれば、その役目も終わるだろう。そして10年前から書き始めた娘の生理日ノート。あと数年もすれば、彼女はフィムテックなウェアラブル端末で自分の生理や健康を管理するようになるかもしれない。願わくば、私が40年にわたって「アレが来た」時に感じた、面倒さや憂鬱さを彼女に感じて欲しくないと思う。思春期から更年期まで、自分が書いた忌々しい数字の羅列を見なくても済む。デジタルに管理されメンテナンスされる生理。それこそ1500年以上前から綿々と続いてきた女のタブー、穢れ(ケガレ)としての“負の遺産”との決別の時となるだろう。
 
 
 
 

参考文献
(1)「アンネの日記」文春文庫
(2)一般社団法人 日本家族計画協会 監修資料
(3)「生理用品の社会史」角川ソフィア文庫 田中ひかる著
(4)「月経不浄観と女性忌避」 上橋菜緒子著

 
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2020-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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