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メディアグランプリ

江戸から大手広告代理店マネージャーへ送られたSNSメッセージ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:河村晴美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「先生、ご無沙汰しております。私この度、合格しました!」
 
今日は久しぶりの休日。
誰にも邪魔されずに、昼過ぎまでぐっすり夢の中に浸れた。
これは、まちがいなく一番お金のかからない、コスパ最高の極上の過ごし方と強く思う。
 
私は今、都内で一人暮らしをしている。仕事は、大手広告代理店勤務。
複数のクライアントの重要ミッションをかかえ、外部のプロフェッショナルと部下後輩の良きメンバーに恵まれて、ありがたいことに日々に猛烈に忙しく充実した人生を送っている。
 
とはいえ、人間なので休息も必要で、今日は1か月と2日ぶりの休日だ。
もうひと眠りしようと思った矢先に、着信バイブがガラスのテーブルで細かく振動した。
 
画面を見ると、「先生、ご無沙汰しております。私この度、合格しました!」
 
ん? 誰? 私は先生じゃないし、何かの勘違い? 又はからかってる?
それに合格ってどういうこと?
 
寝ぼけた頭の中に低レベルなクエスチョンマークがいくつも立ち上がった。
 
SNSアカウントは、Saeko Yamamoto. ヤマモト サエコ?
(誰だ、この人?)
 
学生時代の印象的なシーンを脳内スクリーンに映し出してみたけれど、うーん、それでも、出てこないなあ。
 
スマホ画面には、メッセージの続きがあった。
 
「先生、覚えてくれていますか? I live in Edo.の山本 冴子です」
 
うっわぁ~!!!!!!!!!
 
私は思わず、オフィスでは絶対出さないうめき声をあげてしまった。
というのも、I live in Edo.を見た瞬間に、記憶が鮮明に読みがってきたからだ。
 
そうそう、山本 冴子さんは、私が大学3回生の時に教育実習で行った中学校の1年生のクラスの女子だ。
懐かしい。でも、あの教育実習は、私にとって、ビターチョコレートのように心に刻まれている。というのも、人生初めての挫折を味わったのだった。
そう、教師になりたいと意気揚々に臨んだ教育実習で、私は教師を断念したのだった。
 
私は英語教師として1年生を担当し、そのクラスに山本 冴子さんはいた。彼女は、特に成績が優秀でも無かったし、強烈なキャラでも無かった。どちらというと、存在感は薄かった。
それでも覚えているのは、ある日の英語の授業での小テストの時のことだ。私は、5分程度で回答可能なとても簡単な大サービス問題を出した。理由は、みんなに正解してもらい、英語に自信をつけて好きになってもらいたかったからだ。
 
複数の設問の中で、このような問題を出した。
問:次の英文を過去の文にしなさい。
I live in Tokyo.
 
私の想定した正解は、I lived in Tokyo.(私は東京に住んでいた)
ほとんどの生徒がそう答え、赤ペンで大きく丸をしてあげた。そんな中、こんな回答があったのだ。
 
I live in Edo.
 
ん? 私は、江戸に住んでいるだと???
 
それが山本 冴子さんだった。想定外の回答に、目が釘付けになった。
 
英語クラス担当の先生に相談し、結局バツをつけた。その理由は、この設問で問うているのは、動詞を過去形を答えることを求めているためだったから。
クラス全員へひとりずつ私から採点した回答用紙を手渡した。山本さんは黙って受け取った。その後、彼女は異論も質問にも来なかった。
 
私は、一応無事に3週間の教育実習を終えた。
担当したクラスの生徒たちからは花束や手紙をもらい、思わずホロっと涙ぐんだ。
子どもから大人になる思春期であり反抗期でもある年頃の彼ら達が、意外にもド素人の私の拙い関わり方に心を開いてくれたのは、本当に嬉しかった。この年代に子ども達の成長を応援し育む仕事は、大いにやりがいがある。
誇りを感じる大切な役割だからこそ、私は自分の器の小ささに課題を突き付けられた気がした。
結局、私は教師にはならないと決断した。ずっとなりたいと思い大学受験したのに。
両親の驚きと困惑の表情に、決して安くは無い私立大学の授業料を考えると本当に申し訳なかったと思う。
断念した理由は1つではないけれど、決断の引き金になったのが、I live in Edo.だった。
あの回答を見たときに、私の中に、問いが生まれた。
 
あの時は、上司の先生の判断でバツをつけたけれど、果たして本当にバツなのだろうか?
少なくとも、私には出せない秀逸な答えだった。
それなのに、私は上司の先生へ自分の考えを述べずに口を閉ざしたのだった。
山本さんの、あの答えがどれほどに尊いか、素晴らしい感性だと伝えることを怖がったのだ。
 
私はあの時点で教育者として生徒の感性を伸ばそうとする姿勢を捨ててしまったのだ。
こんな弱虫の逃げ腰の自分に、教育なんてできるわけない。
そう思い、夢に蓋をしたのだった。
 
そして私は民間企業の就職活動に舵を切った。
夢だった教職を断念したことは、普通に考えれば挫折であり劣等感だろう。
しかし、実はこの挫折体験が私を救ってくれたのだ。
というのも、私はこのエピソードを就活で率直に伝えたのだ。教育実習を終え、自分の不甲斐なさに向き合ったことを。
自己否定から導き出した自分なりの考え。それをこのように面接官に伝えたのだった。
 
「社会に出れば正解は無いと思う。むしろ、問題意識の目で世の中を観察し、問いを持ち続けて、心が晴れない状態で前に進みたい」
 
そう面接で伝えた。
就活マニュアルで書かれている、ポジティブ思考、前向きな積極性とは真逆のスタンスだ。
しかし、なぜか、2次3次、役員面接と進むほどに、面接官からはその考えを大切にするように声をかけてもらった。
 
そして、新卒就職が超氷河期と言われた時代だったにも関わらず、私は学生人気企業ランキングに名を連ねる複数の会社から内定通知を受け取り、今勤める国内最大手の広告会社に決めたのだった。
 
今こうしてキャリアを重ねてきて、あらためて鮮明に痛みと学びを感じている。
その源泉にあるのは、後悔だ。あの答案に、エクセレント! を出せなかった自分の勇気の無さが、山本さんの感性を殺してしまったのではないかとずっと思っていた。だから、その後悔をバネにして、今は部下や後輩へ才能を引き出す関わりを心がけている。彼らの才能をつぶしていけない、と。
ひとしきり自己対話をして、もう一度スマホの画面を見た。
 
「合格しました!」のメッセージに横文字が書かれている。
 
Harvard University
 
はっ? ハッ? ハーバードですか???
 
あ~、私の6年間の胸のつかえがやっととれた。
彼女も、問いを持ち続けたのではないかしら。
こんなに大きく成長し、世界へ羽ばたいていくのだから。
 
あらためて振り返ってみた。
私は、彼女の答案に導かれて、広告を生業としたのではないか。
 
彼女の発想こそが、概念の創造だ。
そう、広告業界に必須の「コンセプト」 そのものなのだから。
 
起き掛けに淹れた珈琲はすっかり冷めていた。けれども、私の胸はなんだか熱くなっていた。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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