楽観マラッカ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:木内文昭(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
「ふざけるな、俺はちゃんとマラッカ行きのバスのチケットを買ったんだ!」
そんな僕の声をよそに、バスの運転手は怖い顔をして、ここで降りろと言っている。
ここは一体どこなんだ?
頭がくらくらした。
正しくチケットを買ったはずなのに。
なぜ、こんな何もない、どこかわからないところで降ろされないといけないんだ?
僕は混乱したまま、怒りの声も虚しく、
長距離バスの他の乗客の痛い視線を受けながら、
どこかわからないタイの地でバスを降りるしかなかった。
二十歳の夏、僕はバックパックひとつでタイに1ヶ月半の一人旅をした。
高校時代、部活を共にした親友のお兄さんがいわゆるバックパッカーだった。
友達の家に遊びに行くたびに聞くお兄さんの旅行の話がとてもかっこよく思えた。
軽装備でヒマラヤを数千メートル登った話、
インドで捕まりそうになった話、
次から次へと繰り出される異世界の話に夢中になって話を聞いた。
だがそれを一人で実現する勇気はなかなか持てなかった。
大学3年生となり、二十歳になった僕は自分のことがあまり好きではなかった。
自分に自信がなく、いつも何か思い悩んでいた。
他人の眼にどう映ってるのか? ということが気になってしょうがなかった。
大学の知人などなんとなくの付き合いで、
アルバイトもそこそこに、実家から何時間もかけて大学との往復の毎日。
夢見た大学生活は、これでいいんだっけ?
このままなんとなく大学を卒業して、なんとなく会社に就職して、
それが僕の求めていた人生なのだろうか。
今しかできない、やりたかったことをしよう。
そう思うといてもたってもいられず、アルバイトをして旅行代金を貯め、
一番安くて長く滞在できるのがタイのバンコクだった。
生まれて初めての海外で、することが何も決まっていない、
その日の気分次第でなんでもできる一人旅はとても刺激的だった。
タイのバンコクの安宿街ではすぐに同じような日本人の旅行者の
友達ができ、数日間行動を共にしては別れ、また別の人と出会う。
そんな今まで経験したことのない刺激的な生活であっという間に1週間が経った。
安宿のベッドで本を読んでいて
ふと、夕日が見たくなった。
マラッカの夕日だ。
今回の一人旅をするもう一つのきっかけになった
沢木耕太郎の『深夜特急』で、とても象徴的なシーンがある。
主人公がマレーシアのマラッカの夕日を眺めるシーンだ。
いても経ってもいられなくなり、翌日
バンコクの大きなバスターミナルでマラッカ行きのチケットを買った。
1日の生活費が3,000円程の自分には懐が痛む額だ。
が、順調なのはそこまでだった。
バスの出発はその日の夜22時。
少し遅い時間に出発予定のバスが、なかなか到着しない。
そして、冷房のないバスターミナルはうだるように暑い。
出発予定の時間から2時間が経過しようとしていた。
何度も係員に確認したが、もちろん事態は変わらない。
言葉もあまりよくわからず、不安が募る。
突然、係員にチケットを見せろと言われた。
言われたままチケットを渡す。
何か聞き取れない何かを言われて、渡したチケットとは異なるチケットを渡された。
そして、お前のバスはあれだ、と半ば押し込まれるようにバスに乗った。
若干の違和感は感じたけど、時計の針が24時を回ろうとしていた中、
長距離バスの中で安心して眠れることは、その違和感を払拭するには十分だった。
朝を迎えてからしばらくして、バスの運転手が何か叫んでいる。
何を言ってるかはわからないけど、どうやら自分に呼び掛けているらしい。
「お前の持っているチケットはここまでだから、ここで降りろ。」
何語で話しているかは全くわからなかったけど、そう言ってることは伝わってきた。
そして、自分が持っているチケットからすると、運転手が正しいことは
間違いなさそうだった。
ひとまず僕はバスを降りるしかなく、バスを降りた。
いわゆる田舎のバス停みたいなところで、起こっている状況が理解できずしばらくボーッとしていた。
自分は悪くないのに何故こんな目にあうんだ、と100回は舌打ちして自分の悲劇を呪っていた。
ぬるーくなったペットボトルの水も飲み干してしまい、
いかに自分の悲劇を呪っても事態は解決しないことに、途中でとっくに気づいていた。
ここで文句言ってても何も変わらないよな。
そして僕は歩き出すことにした。
「マラッカに行きたいんです 」
道ゆく人に拙い英語で話しかける。
数人には無視された。
何人かには困った顔をされる。
僕の英語が通じないのか。
そもそも英語が通じないのか。
とはいえ10人くらい過ぎたあたりから、だんだんと慣れて余裕が出てきた。
身振り手振りと、地図を見せて話しかけると、聞いてくれる人が出てきた。
こっちが笑うと、あっちも笑う。
それまであんなに悲壮感を漂わせていた自分がアホくさく、見えていた。
出会う人に片っ端から道を聞き、
重いリュックを背負って30分は歩き回っただろうか。
だんだんと人の往来が増えてきて、少し大きめのバスターミナルに辿り着くことが出来た。
チケット購入窓口で「マラッカまで」とチケットを買い、すんなりバスに乗った。
そしてバスに乗ってから3時間も経たないうちに、マラッカについた。
残念ながら、マラッカは小説で読んで思い描いていたマラッカとは
大きく異なり、とても工業化された、街になっていた。
小説よりも何十年も経っていたから当然のことかもしれない。
こんなに苦労して到着したマラッカは、まあ普通の街だった。
小説に出てきたマラッカ海峡の夕日は、とても綺麗だったけど。
でも、苦労してたどり着いたマラッカは、大きな変化を自分にもたらしていた。
「大したことじゃない」
「まあ、なんとかなるさ」
と思えるようになったことは、自信のない自分にとって、とても大きなことだった。
その後も色々とあったけれど、大概のことはなんとかなった。
何よりも、起こったハプニングを楽しめる自分がいた。
想定外のことが起こっても、「なんとかなるさ」「なんとかできる」
と、自分を信じることができるようになっていた。
あのタイの蒸し暑い夜に渡されたチケットは、自信のない自分が
なりたい自分に近づくための、チケットだったのかもしれない。
***
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