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ムダ毛、無駄じゃない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:畑澤直希(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ああ、やっちまった……」
 
深夜、自宅の鏡の前でひとり立ち尽くした。もう後戻りできない。でもこの日、あることを手放すことで、日々に微かな希望を感じた気がした。
 
話は2日前に戻る。
 
PRの代理店で働いていた私は、仕事の繁忙期につき、どうしようもなく忙しい毎日を過ごしていた。業務が忙しいあまり、疲労のせいであり得ないミスをしてしまう。そうした失敗は雪だるまのように積もる一方で、仕事の自信はどんどん溶けていく。どうしよう。本当に追い詰められていた。
 
ストレスがお金に紐付きやすく、インターネット漫画の課金や通販での衝動買いなど、浪費することで精神を保っていた。それがさらに悪循環となり、次は「これだけ働いてもお金が貯まらない」という感覚に陥った。こんなに残業してもお金が貯まらないなんて。絶望した日々を送っていた。
 
そんな時ふと頭の中で、「何かを変えなければいけない」という気持ちがよぎった。これだけきつい日々が続くのだ。ひょっとしたら、どこかの歯車が狂っているだけかもしれない。ボタンのかけ違いは、直せばいいだけなのだ。そんなことを考えながら、インターネットを見ていると、成人男性向けにターゲティングされた除毛液の広告が目に映る。それが、私と除毛クリームの出会いであった。
 
すね毛。一度でいいから全部剃ってしまいたいと、男性なら考えるのではないだろうか。冬場は長ズボンを履いているし、夏場だって半ズボンや水着を着なければ外界に露出することはない。一方で、濃いとなんか嫌だなあとか思ってしまう。一回でいいからツルッツルにしてみたいと、なぜか思う。
 
突き詰めると、別にあってもなくてもいいのだ、すね毛なんて。だからこそ、「あってもなくてもいい存在感」という点で、仕事でミスが続き成果が出せず、存在理由が見いだせていない自分と似ている気がした。今のうまくいっていない状況とともに一回全部無くしてみたい、と思った。根拠は全くないけれど、そうすることできっと何かが変わると感じた。
 
すね毛の除毛手段は2種類ある。1つ目は薄くする系。すきばさみで毛量を減らすパターンである。2つ目は全部の毛をなくすもの。クリームを使い、洗い流すと全ての毛が抜けているというものである。私は、どうせやるなら中途半端にしたくないという謎の使命感から、全てをなくす除毛クリームを選んだ。
 
翌日、早速段ボールに梱包された商品が届いた。その日も、終わりかけていた企画書がひっくり返り一から作り直す必要があったため、家に着いたのは深夜2時すぎ。タクシー帰りで疲弊していたが、私にとってこの製品は暗闇の中の灯台の光に見えた。
 
朦朧とした目を擦りながら、まるで禊をするかのように服を脱ぎ、鏡の前に立つ。クリームを足に塗ると、意外とすね毛の量が多く、根元までクリームが浸透しないことに気づく。根気よく塗り、全体がクリームで白くなってから15分、鏡の前で半裸で立ち尽くし、ふと時計を見ると明け方3時半を迎える。
 
「ああ、やっちまった……」と独り呟く。初夏の夜のことであった。
 
満を持してシャワーで足を洗い流すと、ごそっと一気に毛が抜け落ちた。あまりの未知の光景に、怖い、と思った。ただ、徐々に排水溝にたまる自分のすね毛の量を見て、驚きと、なぜか達成感が募っていくのであった。
 
それから3度目のシャワーでようやく全て除毛することができた。すべてが終わったのが朝の4時過ぎ。朝日が徐々に登り、外を明るく照らしていた。
 
数時間後、眠い目を擦りながらスーツを着る。するとどうだろう、生足にスーツの生地が直接触れ、痛いのだ。こんな感覚は今まで一度も経験したことがなかったが、実はすね毛は外からの刺激から足を守ってくれていたのではないかと気づく。
 
初夏の風が吹く。すると、スーツを履いているにもかかわらず、足がスースーする。地肌に風が触り撫で回す感覚は、とても新鮮であった。足で風を感じるこの感覚。今まで味わったことがなかったが、なぜか「生きている」感覚がした。
 
仕事をしていても足に違和感を感じてしまい気が散ったが、「俺すね毛剃ったんですよ」という謎の話題と、「いや意味わからないよ」という職場の方々のリアクションに、そりゃそうだよなと笑ってしまい、いつの間にか前向きになることができた。
 
なくてもいいと思っていたものは、なくなって初めて大切さに気づく。新しい感覚に感動したことがとても久しぶりに感じ、少し人間の心を取り戻すことができた気がした。なくてもいいものを無くしてみることで、心と身体が軽くなって前に進むことができた。
 
「やっぱりおれは必要だっただろう?」
1年後の現在、すっかり元に戻った自分のすね毛とお風呂場で対面すると、そんなように語りかけられた気がした。
 
そうだな。と思いつつ、おもむろにすきばさみを取り出す。今年はちょっと残してみよう。
 
当たり前を変えると、まだ出会ったことのない新しい感覚に出会える。そう考えると、好奇心が止まらない。重くなったすね毛を再び軽くする。スースーと、風がこころにワクワクを吹き込む。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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